建築の企画


瀧口信二

前回の「建築生産のシステム」で建築生産の主体者と建築生産のフローの大枠について記述しました。
建築生産のフローは大まかに企画段階、設計段階、施工段階、管理運営段階に分かれます。ここでは建築の企画について、より掘り下げてみたいと思います。

建築企画の内容

建築の企画業務は設計に入る前裁きと言われています。5W1Hに当たるWho(誰が)、Why(なぜ)、When(いつ)、Where(どこに)、What(何を)、How(どのように)、建てたらよいかを事前に整理する作業です。

  • Who(誰が)
  • 発注者 建物を必要として建築を発注する人が誰なのか?その人を一般的には建築主とか施主と呼びます。建築主が自前で使用するのが大半ですが、建物を必要とする人に賃貸するために建てる場合もあります。
    建築主が個人の場合はターゲットが明快ですが、会社等の組織となると複雑です。誰と話をすればよいのか、窓口となる相手、決定権を持つ人等を見極めなければ埒があきません。

  • Why(なぜ)
  • 建物が必要となる理由を明確にしておかなければなりません。今使っている建物に支障が生じて、新たな建物を求めるのか、全く新規に必要とされる物なのか。
    既存の建物が劣化したり、手狭になったり、テナントビルから自社ビルに移行する時に新築の需要が生まれます。また、文化施設や福祉施設、研究施設等には、社会的な要請に応えた新たな需要もあります。
    最近はストックの時代と呼ばれ、安易に建物を壊して建て替えるのではなく、既存建物の使えるところは残しながら更新するリファイン建築が注目されています。両者を比較検討して総合的に判断することが求められています。

  • When(いつ)
  • 思い立ったら一日も早く実現させたいのが人情ですが、資金の調達・土地の手当て・社会の要請が整わなければ、着手は控えた方が賢明です。そのタイミングを見損なうと建築は成就しません。
    特に、商業建築の場合は社会の要請が大事です。作っても需要がなければ、建物としての価値が消失します。今需要があったとしても、建物が完成した頃には需要が減少しているかもしれません。高度な経営判断が求められる所以です。

  • Where(どこに)
  • 敷地の選定は慎重を要します。時間がないからといって、適当なところで妥協すると後悔をします。候補地を絞って比較検討し、納得の上で決定します。
    建物の用途に合った土地を取得できれば、初期の目的の半分は達成したようなものです。土地には持って生まれた環境・歴史があります。その環境・歴史を読み解いて、適材適所の建物を建築していくことが理想です。企画提案はその過程の一里塚とも言えましょう。

  • What(何を)
  • 何を建てるか、企画業務の中心的存在です。建築主の要望を踏まえ、社会のニーズを反映させて、その土地に適した建物の用途・規模・予算等を検討します。
    最初に、Who(誰が)とWhy(なぜ)が建築主の頭の中にイメージされて、建築の企画がスタートします。そのイメージを紐解いて、実現可能な具体的な形に提示します。

  • How(どのように)
  • 最終的な形が固まっても、それをどのように完成させていくか、手順と段取りを詰めておかなければなりません。
    設計、施工の発注形態やそれに伴う予算配分、工期(完成時期)、オープン時期等の検討をします。特に、オープンの時期は営業成績に直結することなので、慎重に選定し、設計や工事の発注時期は逆算して決められることが一般的です。

建築企画のフロー

  1. 建築主のニーズ把握
  2. 上記の5W1Hのうち、建築主(Who)は建築したい理由(Why)と目的(What)を持っていますし、同業他社の建物を見たりして、こんな建物が欲しいというイメージを膨らませています。
    そのイメージを尊重すのは当然ですが、要望を丸呑みしたのでは予算がオーバーしたり、周辺環境にマッチしないものになったりします。企画担当者はプロとして制約条件をクリアさせながら、建築主を満足させるものを提案しなければなりません。
    時には建築主を説得できるだけの建築に対する造詣を持ち合わせていなければなりません。

  3. 現状調査及び分析
    • 敷地の調査
    • ・敷地測量・地盤調査を行って、面積・地形・境界・地盤・前面道路等を確認
      ・周辺調査を行って、交通機関等のアクセス、敷地への給水・排水・電力等の引き込み、近隣との関係等を確認
      ・都市計画、用途地域等の法的な条件を詰めて、敷地に建設可能な用途・容積・形状等を確認

    • 広域的な調査
    • ・市町村の広域レベルの地域特性(人口動態・産業動態・広域交通体系・上位計画等)を把握
      ・敷地周辺の土地利用状況を分析して、地域構造(建物の用途・性格・グレード等の分布状況)や傾向を把握

    • 社会経済及び市場の動向調査
    • ・グローバル化・高度情報化・少子高齢化・地球環境問題といった社会情勢の変化や地価の動向・景気動向等の経済の動きを捉えて、企画提案の背景やコンセプトを探る。
      ・主要業種(オフィス・マンション・店舗等)の一般的な市場の動向(賃貸料の水準・空室率・建築工事費等)を把握

    • 施設の現状調査(建替えの場合)
    • ・現状の施設の所要機能とその構成、面積・規模、生産(業務)の流れ等を調査して、必要とする施設の機能・構成・規模・運営方式等の企画検討の基礎資料とする。

    • 類似建物の情報収集
    • ・類似建物の機能分析・コスト分析等をすることにより、企画検討の参考資料とする。

  4. 企画提案
  5. 設計
    • 企画コンセプト
    • ・建築主のニーズと社会の要請に合致した建築目的を明確にし、プロジェクトの基本方針を示す。

    • 敷地利用計画
    • ・上記2の「現状の調査及び分析」結果に基づき、具体的な施設用途を絞り込む。
      ・敷地の中に想定した施設の機能・構成・規模等を配置し、ゾーニングの考え方、人・車・サービス等の動線計画の考え方を示す。

    • 設計与条件の設定
    • ・法的な制約条件の下、設計に必要とされる所要建物の面積・階数・設備機能・建設費用等の条件を設定する。

    • 基本構想の策定
    • ・設計与条件をベースに、所要諸室のゾーニング・階層割り・平面計画の骨格等、建築形態の概要を決める。

    • 予算案の作成
    • ・基本構想案に基づく事業費の概算を算出する。

    • 事業性の検討
    • ・商業建築の場合は、収入と支出を試算して事業収支計画をまとめる。それ以外の場合にも、費用対効果を試算して効果を高めるよう努力する。

  6. PDCAサークル
  7. 上記1〜3を繰り返しながら、最終案に収斂させる。即ち、企画案を立てて(Plan)、建築主の了解を得ながら(Check)、修正案を練っていく(Action)。

ケース・スタディ

今年4月、可部駅前にバス乗り場がオープンしたが、何か物足りません。手元に入手可能な情報で考察し、建築企画を提案したいと思います。
Where(どこに)が確定しているので、Who(誰が)・Why(なぜ)・What(何を)・How(どのように)について検討します。

  1. 土地の現状分析
    • 計画地の概要
    • 可部駅周辺
      可部駅周辺地区
      ・JR可部駅と国道54号線に挟まれた敷地(市所有)。可部駅から先の加計線が廃止されたのを機会に、その代替として可部線とバスの乗り継ぎの便を良くするため、バス乗り場が新設される。
      ・用途地域は準工業地域、建蔽率は60%、容積率は200%。
      ・駅の敷地と隣接しているが、フェンスで互いに背を向けている。

    • 広域的現況
    • ・安佐北区の人口は約16万人。広島広域都市圏の北の拠点。
      ・広島市街地から北へ約15km、車で約30分。古くから交通の要衝として栄えた町。
      ・国や県の出先機関も集中し、伝統的な鋳物・食品工業等の多くの工場があり、安佐北区の中心となす。

    • 周辺地域の現況
    • バス乗り場
      バス乗り場、左側国道、右側の背後が可部駅
      ・旧道から可部駅(従来の正面)への進入道路の両側に飲食店等の店舗が集まっていたが、今は廃れている。国道54号線が開通して以来、旧道が寂れてきたため。
      ・国道を挟んで大和重工の工場が位置している。将来移転すれば、再開発の可能性を秘めている。
      ・計画地の北側にある国道とJR線(現在廃止)の立体交差のため、北側の町中との繋がりが弱い。
      ・可部の町は公共施設や商業施設が満遍なく分散しており、一見良さそうにも思えるが、いま一つ魅力に欠けている。その原因は町の顔となる場所、核がないからである。

  2. 土地利用の方向付け
    • 施設用途の選定ーーWho(誰が)
    • 配置図
      配置図
      ・可部線の終着駅でありながら、可部駅はターミナル機能を果たしていない。バス乗り場の敷地内での計画も可能であるが、ここはJR側の参画を得てターミナル機能を充足すべきである。将来的には駅ビルを整備。

    • 企画コンセプトーーWhat(何を)、How(どのように)
    • ・将来の可部の町の発展を見据えて、交通のターミナル機能を整備する。
      ・可部駅とバス乗り場の一体化を図り、将来の大和重工敷地の利活用を総合的に捉える。
      ・広島広域都市圏の北の拠点としての地位を確立するため、長期的な戦略を持つ。

    • 開発効果ーーWhy(なぜ)
    • 横川駅
      参考事例:横川駅
      ・ターミナル機能を充足することにより、周辺地域のポテンシャルが上がり、大和重工敷地の再開発の期待が高まる。
      ・利用者の利便性が向上し、JRの収益性を高める
      ・将来的に大和重工敷地と一体的に整備されれば、安佐北区のコアとして集客力が高まり、町の活性化に寄与する。

  3. 建築計画
    • 計画コンセプト
    • シビックコア
      シビックコア地区イメージ(国土交通省HPより)
      ・バス乗り場に面して市民に開かれた平面計画
      ・可部駅のターミナル機能を充実

    • 建築概要
    • ・構造・規模ーー鉄骨造2階建、延べ床面積:約1.000?
      ・所要施設ーー駅事務室、待合室、軽喫茶室、コンビニ、飲食店等

  4. 事業計画
    • 事業収支計画
    • ・事業収支計画上の設定条件ーー土地はJR敷地、駅施設以外はテナント貸し
      ・支出ーー建築関係費、維持管理費等
      ・収入ーーテナント料等

    • 実現に向けて
    • ・課題はJR側に参画させる動機付けを与えること。
      ・利用客が増え、採算性を上げるためには、大和重工の再開発が不可欠である。
      ・都市計画家及び行政等は大和重工の立場に立ってものを考える。

雑感

建築の企画は本来建築主が主体となって取組むべき業務ですが、専門知識を持ったスタッフが揃わない場合は、代行者としてプロジェクトマネージャー(PMr)に委ねるケースが多く見られます。
建築企画は建築生産の川上業務であり、建築の基本的な枠組が決められる大事なステップです。PMrに任せたとしても、最終的には建築主の責任となります。PMrは建築主に理解しやすいようなプレゼンテーションに心がけなければなりません。

私はまだ本格的な企画提案をしたことがありませんが、ケース・スタディとして身近な場所を取り上げてみました。日頃利用している施設で不便を感じることがあれば、改善提案をしていくことが建築企画の第一歩のような気がします。
今回のバス乗り場はオープンして間がないため、まだ閑散としています。自転車置き場とトイレは併設されていますが、駅とは背中合わせです。せっかくなら乗降客で賑わうような仕掛けを設けて、可部の町の顔を作ってはどうかという思いから検討してみました。

向かいに広大な敷地の大和重工があります。スレート葺きの屋根と壁は昔ながらの工場であり、町の景観を著しく壊しています。もし移転するとなれば、町づくりの拠点として絶好の敷地となります。その際、可部駅の存在が大きな意味を持ちます。10年後には、可部駅の前に活気ある明るい町並みが広がっている姿が浮かびます。
国道が地域を分断していますが、可部バイパスが完全に開通すれば、打つ手がありそうです。なお、現在あるJR線との立体交差は撤去して平地にし、北側の町並みとの一体化を図るべきものと思います。

実現するには困難が伴いそうですが、建築企画は夢のある楽しい仕事のように思えてきました。PMrは幅広い知識と全体をコーディネートできる総合的な調整能力が求められます。人材の育成がこれからの課題です。


  (2008.9.1 記載)   
前のページ
inserted by FC2 system