建築生産のシステム


瀧口信二

一口に「建築生産」と言っても、一般の人が関わるチャンスは少ない。自分の家を建てる時には、発注者として建築生産の当事者になれます。設計者と打ち合わせをしてマイホームの要望を出したり、時々現場に顔を出して、大工さんに進捗状況を確認したりできます。完成すると設計者、施工者が集まって検査をし、家主に引き渡されます。
一般の建物となると、会社のオーナーか施設建設の担当にならなければ、生産に関わることはありません。ここでは、一般の人でもわかるように、「オフィスビルが、誰によって、どのように建築されていくのか」を大枠で捉えてみたいと思います。

建築生産の主体者(システムの構成要素)

  • 発注者
  • 発注者 「初めに建物ありき」ではありません。人が生活する上で、必要に応じて建物が求められます。会社を興して組織が大きくなれば、社員を収容する仕事場として賃貸ビルを探すか、自社ビルを建てる必要に迫られます。
    オーナーは自社ビルを建てる時どうするでしょう?個人がマイホームを建てる時と同じです。まず資金が用意できなければ前に進みません。次に土地を探し、どこにどの程度の建物を建てるか構想を練ります。イメージが固まれば、それを具体化してくれる設計者を探すことになります。
    オーナー(建築主、発注者)は建物の所有者であり、費用を負担する者をいいます。発注者は公共と民間に分けられます。国や地方自治体等に代表される公共の発注者は、税金で建設資金を賄い、建設を担当する部署と入居して建物を管理する部署に分かれています。一般的に予算を執行する部署が発注者の立場となります。
    民間の発注者は個人と会社等の組織があります。更には、会社が自社の企業活動のために建てる場合とディベロッパーのように第三者に賃貸して利益を上げる場合があります。

  • 設計者
  • 設計者 設計者は発注者が要望する建物を具体的な形に図面化する作業を行います。プランニング(平面計画)をして、構造的な裏付けをし、設備機能を満足させます。
    一人の人間が全てのことをマスターできないので、専門分野に分けて協働作業を行います。全体を総合的に調整する立場が建築家の役割と言われています。
    専門分野としては、大まかに建築設計(意匠、構造、積算)と設備設計(電気、機械)と工事監理(建築、電気、機械)に分かれています。
    組織としては、大手の総合設計事務所、専門分野別の設計事務所、ゼネコンの設計組織、意匠優先のアトリエ系事務所等、多様な形態をとっています。

  • 施工者
  • 施工者 設計が完了すると発注者は設計図書を現実の形にする施工者を選びます。
    施工者は発注者と請負契約をする元請とその下請で成り立っています。元請はゼネコンと呼ばれ、下請は専門工事業者が担っています。建築、電気、機械をまとめてゼネコンに一括発注される場合とそれぞれ分離して発注される場合があります。

  • 機材・メーカー等
  • ゼネコンの下に専門工事業の職人が揃っても、建物はできません。建物は材料と道具を使って人が作ります。コンクリートの躯体を打つには生コンクリートや鉄筋・型枠等の材料が必要だし、その材料を現場に搬入し作業するためには重機等が必要です。その他、仕上げ材や設備機器等は工場で製作されたものを現場に持ち込んで据付ます。
    建設機械等は仮設の部類に入るので、ゼネコンの判断に委ねられるが、建築仕上げ材や設備機器類は設計図書に基づき、工事監理者の承認を得て製作に取り掛かります。

  • 建築主事等の行政機関等
  • 設計図書が完成すると設計者は市の建築指導課等に建築確認の申請をしなければなりません。建築主事等は申請された建物が建築基準法や消防法等の法律をクリアしているか図面による事前審査を行います。確認済証が出なければ、工事の着工はできません。
    また、規模により工事途中の中間検査もあり、最終的な完了検査に合格し、「検査済証」が交付されて、初めて建物を使用することができます。

建築生産プロセス(時系列)

  • 企画
  • 企画 企画業務は設計に入る前の準備段階で、発注者の仕事です。発注者サイドに担当できる人がいなければ、コンサル(設計事務所等)の協力を得ることができます。
    まず、資金調達の可能性を探るために予算額の大枠を掴まなければなりません。そのために土地を探したり、類似の施設を見学したり、関連情報を収集します。その過程で、どんな建物が欲しいのかイメージが固まってきます。そのイメージに沿って概算コストを算出し、費用対効果等の事業性の可否を検討します。
    建設のゴーサインが出れば、実施に向けての企画業務に移ります。土地を絞込み、必要な施設の性能・機能を整理して、建物の規模・構造を設定します。
    ここで決めた敷地の立地条件、建物用途、諸室の所要面積、予算額等が設計の与条件となります。

  • 設計者の選定
  • 誰に設計を頼むか悩むところです。日頃から付き合っている馴染みの設計事務所があれば、そこに特命でお願いするのが普通です。馴染みがなければ、設計事務所の実績等を調査して2・3社を選定し、ヒアリングをして1社に特定する方法があります。但し、発注者の側にヒアリングによって、優劣の判断ができる能力があるか否かが問題です。やはり、ある程度信頼できる専門家に相談し、協力を得ることが望まれます。
    公共発注の場合は、透明性・公平性・競争性等、説明責任が問われるので、公募型プロポーザル方式等の採用が普及しつつあります。広く参加希望者を募り、客観的に組織の技術力、提案内容等を総合評価して設計者を選定します。

  • 設計
  • 設計 発注者から示される設計の与条件の中に、大体の基本構想がまとめられているが、不十分な場合は設計者の方から再提示して、発注者の了解を取る必要があります。
    基本構想に基づいて設計者は基本計画をまとめます。大まかなスケッチ程度で、建物の配置や外観や設計の考え方等を表現します。発注者の理解を得るための手段です。
    次の基本設計は、平面・立面・断面・仕上げ表・パース等、いわゆる一般図と言われる図面を作成して、概算コストを算出し、発注者の承諾を取ります。
    設計の最終段階として、基本設計を補足する詳細な図面を添付し、精算コスト(建設費)を算出して、実施設計が完了します。

  • 施工者の選定
  • 施工者選定も設計者選定と基本的に同様です。馴染みのゼネコンがあれば、特命でお願いすることもあるでしょう。一般的には数社を選んで見積りを取り、比較検討して決めます。施工者選定の手続きは、設計事務所に代行してもらうケースも多く見られます。
    公共発注の場合は、以前は指名競争入札が主流でしたが、最近は一般競争入札が広まっています。一般競争入札は談合抑制の効果がありますが、ダンピング(低入札)が多発し、品質低下を招く恐れがあります。そこで、入札金額だけで決めるのではなく、技術力等を総合的に評価する選定方式に移行しつつあります。
    民間発注の場合は、特命により設計込みで施工者を決めるケースと指名競争入札による方式が半々位になっています。
    施工者が決まると発注者は施工者と請負契約を結びます。

  • 施工
  • 施工 ゼネコンは工事を受注しても、すぐには工事に取り掛かりません。工事全体の仮設計画を立て、建設機材・工事材料・下請等の手配をし、着工の準備をします。周辺住民への挨拶を済ませ、仮囲いや仮設事務所を設置し、地鎮祭(安全祈願祭)をしてから本格的な工事が始まります。
    工事は土工事から始まって、基礎や杭、躯体へと下から順次上に上がっていきます。躯体が終わると内部、外部の仕上げ工事が始まり、並行して設備工事が進められます。
    建物がほぼ仕上がると外回りの外構工事に進みます。舗装・排水や植栽等の工事です。
    施工中は施工者の自主施工管理を前提にして、各工事の節目毎に発注者サイドの検査を受けながら工程を進めていきます。

  • 完成検査・引渡し
  • 検査 施工者から完成報告を受けて、発注者の代行として工事監理者が完成検査を行います。できればこの前に、建築主事や消防署等の検査を受けておくことが理想です。
    建築工事は書面や目視による検査が主ですが、設備工事は試運転をして総合的な調整を行います。大きな手直しがなければ、施工者から発注者に鍵が引渡され、建物の所有権が発注者に移ります。
    施工者からの支払い請求を受け、発注者が工事代金を支払い、請負契約が完了します。

  • 維持管理(保全)
  • 点検 完成して建物の引渡しを受けた後は、発注者側の責任においてビルの適正な管理運営をしなければなりません。
    建物を使い始めると、不都合なところが多々出てきます。その原因を確認しながら修理をしていかなければなりません。
    施工上のミスであれば、施工者負担で補修することが義務付けられており、「瑕疵担保責任」と言います。
    建物を健全に維持していくためには、定期的な点検と修繕が欠かせません。特に設備機器には耐用年数があり、故障する前に整備・交換等の処置が必要となります。
    部分的な修繕で負えなくなれば、大規模な改修や改築が必要となり、建物全体の寿命がくれば、解体・撤去して建て替える運命となります。

役割・業務分担

生産プロセス発注者設計者施工者
建設担当管理担当設計者工事監理者ゼネコン専門工事業者
企画
設計者選定
設計
施工者選定
施工
検査・引渡し
維持管理

(凡例)◎:主体者、○:主体者の相手方、△:主体者のサポート役

  • 発注者(建設担当)
  • 発注者の重要な仕事は「企画段階の設計与条件の設定」と「設計者及び施工者の選定」と「適正な予算の確保」です。この三つの仕事をクリアできれば、大きなトラブルを避けることができます。
    設計与条件が明確でないと、設計者は何を作ったらいいのか迷ってしまうし、発注者も提案されてきた設計案を評価することができません。優秀な設計者と施工者を選ぶと、発注者の足りないところをしっかりカバーしてくれます。適正な予算が確保されていないと、優秀な設計者や施工者が集まってきません。
    なお最近は、発注者サイドに専門のスタッフがいない場合、発注者業務の支援者としてプロジェクト・マネジャー(PMr)やコンストラクション・マネジャー(CMr)をつけるケースが増えています。

  • 発注者(管理担当)
  • 新築される建物に入居し管理する立場だから、後からクレームを出すより、企画及び設計段階で使い勝手等の要望を出す方が賢明です。
    オープンしてからは建物を大事に使い、定期的な点検等を行って、予防保全に努めれば、健全な状態で建物を長持ちさせることができます。

  • 設計者
  • 発注者の意向を十分に汲み取り、設計与条件を満足させるだけでなく、設計者のコンセプトを持って発注者を啓蒙させるような設計が期待されます。特に、予算の枠に収まるようにコスト管理ができることが求められます。設計者の自己満足に終わることなく、発注者の理解が得られるような分かりやすいプレゼンテーションが望まれます。一方、施工者に設計内容が正確に伝達できる図面を作成しなければなりません。

  • 工事監理者
  • 設計図書の意図・内容を施工者に正確に伝達し、図面通り施工がなされるように、工事監理を行います。図面は多少のミスや不明な点がつきものだから、設計者と施工者の間に立って整合を図らなければなりません。施工者を指導する立場にあり、手戻りがないように適宜、適切な指示と確認が求められます。人間的な幅と技術力を持った人材が適任ですが、不足気味の感があります。

  • ゼネコン
  • ゼネコンの仕事は段取りと総合調整の良し悪しで勝負が決まります。一つの建物を建てるのに多くの職種が投入されるので、手戻りなくスムースに仕事を進めることは至難の技です。
    肌理の細かな工程表を作成し、多少の狂いは調整しながら、下請業者と協力業者を束ねていかなければいけません。その上で、安全管理・品質管理・工程管理をこなすためには、現場代理人のリーダーシップと現場の結束力が求められます。更に、適正な利益を上げなければ、会社の中で評価されません。相当の経験がなければ、現場代理人は勤まりません。

  • 専門工事業者
  • ゼネコンが段取りした環境の中で、実際に現場で施工するのは専門工事業の職人です。施工の出来栄えはその職人の腕によるところが大です。
    腕のよい職人を集められるかどうかは、ゼネコンの力に負うところもあるが、工事金額の多寡による方が大きいのではないでしょうか。安値受注した場合は、そのしわ寄せが下請に及ぶことになり、低コストではよい職人が集まることはありません。
    質のよい建物を確保するためには、現場の末端で働く職人に至るまで、豊かな生活が保障できる生産システムにしていかなければなりません。

雑感

建築の生産システムも課題が山積しています。護送船団で守られてきた古い体質が、すでに通用しなくなりました。民間の景気が悪くなると公共投資を増やすことでバランスをとっていましたが、今は公共投資も抑制され続けています。建設投資額が段々縮小していくなか、今後増加する要因が見当たりません。
全体のパイが小さくなるのだから、それに似合った建設業界に収斂させていかなければ、いつまで経っても救われません。
過度に行政に頼るのではなく、業界としての自己責任において適正化に向けたルールを作る必要があります。

市民にとって建築生産をもっと身近な存在にする方策が必要です。建築界が抱えている問題を市民も理解し、改善のための協力が得られるようにすることです
市民の立場から言えば、個人的な建築の問題を気軽に建築の専門家に相談できるような環境を作ることです。そのために、建築関係者はもっと外に出て、市民と接触し、積極的な働きかけが必要ではないでしょうか。自戒を込めて。

教育の問題もあります。義務教育において衣食住に関することは、環境教育の一環としてバランスよく学習する必要があります。また、大学等の専門教育においては、建築生産の全体の流れを十分に理解させた上で、分野別の教科を学ばせるべきです。私の学生の頃は、建築全体のイメージが掴めずに、細切れの知識を修得していた嫌いがあります。
建築を市民文化にまで高めるためには、総がかりの取り組みが必要のようです。


  (2008.7.1 記載)   
前のページ
inserted by FC2 system