プロフィール
- 1948年大分県生まれ
- 青木茂建築工房主宰
- 「リファイン建築」を実践し、2001年に日本建築学会賞・業績賞受賞、その他数々の賞を受賞
- 2007年に東京大学の工学博士号取得
- 2008年より首都大学教授
講演内容
講演の頭で、「今日のテーマは重すぎる。事前に広島をスタディしていないので、日頃行っているリファイン建築を説明することがヒントになれば、」と軽くいなされました。「地元の建築家が真剣に考えるテーマであろう」と発破をかけられた感じです。
実施例を紹介しながら、リファイン建築について説明がなされました。以下、記憶に残ったところを私流にまとめています。
- リファイン建築とは 青木茂建築工房のホームページに掲載されている「リファイン建築5原則」は下記の通りである。
- リファイン建築のメリット メリットは上記5原則の裏返しである。
- 賃貸集合住宅の「住みながら再生」 今回の講演はこの実施例に基づく説明がメインとなっている。
- 予備調査 1.入居者のアンケート調査ーーー入居者の合意形成のためのニーズ把握
- プランニングの手順 1.既存図の作成ーーー既存躯体の調査を行い、耐震性能を把握
- 建物の履歴書(カルテ)の作成 ・建物の補修及び補強の記録は次のリファインに役立ち、建物の長寿命化への糸口となる。
- まとめ ・古代ローマの建築家ビィトルビィウスは建築の3要素を「強・用・美」とした。この思想をリファイン建築に反映させることにより、建物を耐震的、機能的、美観的に保ちながら長く使い続けることが、環境問題の解決や都市の歴史を築いていくことに繋がる。広島でも当てはまるのではないか。
1.内外観ともに新築と同等の仕上がり
2.新築の60〜70%の予算
3.用途変更が可能
4.耐震補強により現行法規に合致する
5.廃材をほとんど出さず環境にやさしい
青木氏の「まず贅肉(減量)を落とし、筋力(補強)をつけて、それからデザインする」という言葉にリファイン建築のコツが示されている。
老朽化したB級、C級の建物をリファインすることにより、新しい建築として寿命を伸ばすことができる。
1.デザインを一新することができる
2.建て替え新築に比べると30〜40%安くできる
3.既存建物とは異なる用途に変更できる
4.軽量化と補強により耐震性能をアップできる
5.建築廃材を大幅に削減し、資源の有効利用が図れる
6.結果として、工期の短縮と二酸化炭素ガスの排出量を削減できる
リファイン建築は建築の歴史を継承することであり、建物を残すことにより新旧入り混じった重層的な街並みが形成される。街には歴史の記憶が必要であり、リファイン建築が増えることにより、結果として街がリファインされる。
2.構造調査ーーー解体および補強計画を立案するための調査
3.概算コスト算出ーーー事業収支を計算し、事業性の有無を検討
2.解体計画ーーー不要な壁等を撤去し、躯体を軽量化
3.補強計画ーーー現行の耐震基準に合わせ、躯体を補強
4.再生後のプランニングーーー増築部を含めて建物のイメージを一新するデザイン
質疑応答
メモを取っていないので、私のフィルターを通して、ポイントのみを記載します。- 被爆建物への対応は? 地元の建築家は残すように声を上げるべきである。記念碑としてではなく、生活の器として残す方がよい。
- 市民球場の跡地利用は? 本来なら別地に移転を決めた時点で、跡地利用が決められているべきである。あるテーマパークの跡地利用を考えたことがあるが、エンターテインメントを加味した大型複合商業施設は集客力が期待できるのではないか。
- カルテの費用、リファイン建築のコストの目安は? カルテの作成は手間・暇がかかる。これまではサービスでやっていたが、必要経費は請求すべきである。カルテの必要性を社会に認知させなければいけない。リファイン建築のコストは新築の6〜7割に抑えるのが一つの目標である。
- 広島の建築特性、アイデンティティは? どこのJR駅ビルも同じような顔をしており、アイデンティティが欠如している。古い建物をリファインすることによって、過去の歴史を継承した重層的な街並みとなる。
ドイツに旅した時、ユダヤ博物館を見学して、感涙した。日本で中国侵略博物館ができるか?
雑感
(リファイン建築について)「リファイン建築」は本を読んでいたので、一応理解していました。青木氏のノウハウやデータを積極的にオープンにして世に問う姿勢は感心しています。
これからはストックの時代だから、リファイン建築が主流になってくるものと思います。
40年程前に代謝建築論とかメタポリズム建築論がもてはやされましたが、今では話題にも上がりません。設計の段階で将来の変化に対応できる仕組みを組み込んでおくという考え方は間違っていないと思います。
リファイン建築も既存建物をリファインするだけでなく、リファインしやすい建築を目指して、当初の設計のなかにインプットされた方法論に昇華させていくことが望まれます。
(カルテについて)
民間建築は採算性が優先されるので、リファイン建築を実現するためのハードルは高い。その点、国民の税金で建てられる公共建築は一般の利用者も多く、建物や場所の歴史が継承できるリファイン建築に適しています。これからの公共建築はリファイン建築を前提に設計し、その後の建物の履歴書を整備すべきものと思います。
今国会での成立が見送られた「長期優良住宅普及促進法」には、200年住宅の実現に向けて、新築時の設計や補修を記録した「住宅履歴書」の作成・保存が義務付けられることになっています。この法律が成立すれば、カルテの市民権も得られるのではないでしょうか。
(現市民球場跡地利用について私案)
市民球場の正面部分は広島の記憶として残すべきではないでしょうか。内部はカープ資料館や店舗として使えるし、スタンド部分はそのまま観客席として利用できます。大道芸やストリートライブ等、パフォーマンス広場として、いつでも誰かが何かのイベントを行っている賑わいの場を提供してはどうでしょう。平和公園の祈りの場に対して球場跡地は歓声が上がる祭りの場がふさわしいと思います。
若人の力を育て、発表できる場が望まれます。広島には平和とともに文化の発信力も育っています。フラワーフェスティバルの各会場でのパワーを見ればわかります。
球場跡地は広島市民の発表の場だけでなく、大道芸人たちの活躍の場として世界に開かれた空間であって欲しい。仮設テントを張ってサーカスやミュージカル等の上演もできます。
周囲は青少年センター、こども文化科学館、県立総合体育館、広島中央公園等とつながっています。大衆芸能の殿堂として脚光を浴びるようなスペースを私は想像しています。
(その他)
今回の講演で心に残ったことがあります。
一つはベルリンに建つユダヤ博物館の話です。ユダヤを迫害した忌まわしい記憶をドイツ国民は忘れないために自らの意思で建設しています。翻って、日本の国民はどうか?問われています。
バブル後は「失われた10年」といわれているが、それは経済の話で、バブル時における若者の技術力の低下は著しいとの実感を持たれていました。若者に限らず大人もどこか魂が喪失していた時期かもしれません。教育の問題は重要であり、各人がそれぞれの立場で努力するしか手がないものと思います。
青木氏には大学の教授として更なるご活躍を期待しています。
(2008.6.15 記載)