建物の維持保全


瀧口信二

前回の「建築の施工」は建築生産における工事施工の業務の内容とフローについて記述し、可部駅ビル(仮想)をモデルにケーススタディをしてみました。
以前は、建物を完成させ、施主に引渡した段階で建築生産は終了したと考えられていました。最近では、建物のライフサイクルの考え方が浸透し、いかに有意義に建物の生涯を全うさせるかが重要なテーマとなってきました。
今回は、建物の引渡しを受けて建物を運用し、維持保全する段階について、特に保全担当者の側に立って記述したいと思います。

維持保全の内容

この世に生み出された建物がその目的に沿って有効に機能を発揮させるためには、建物の健康状態に気をつけながら大事に使っていかなければなりません。建物も人間の体(命)と同じです。
まず、建物の維持保全の業務を5W1Hに当てはめることにより、業務内容を紐解いてみます。

  • Who(誰が)
  • 保全実施体制 基本的には建物の所有者が建物の維持保全を行います。自社ビルなら内部組織に保全担当を設けて日常的なビル管理を行います。不動産会社が所有する賃貸ビルも同様です。
    但し、最近は効率的な経営を図るためアウトソーシング(外部委託)が進んでいます。その場合は、ビルメン会社にビル管理のすべてを一括して委託したり、その一部を分けて委託したりします。
    一般的には設備の日常的な運転保守業務等は内部に抱えて、警備業務や清掃業務等がよく外注されます。
    なお、受変電設備やボイラーのような危険物を扱う場合には、電気主任技術者やボイラー技師といった国家資格等を有する者を配置することが義務付けられています。

  • Why(なぜ)
  • LCC 建物本体も、中に組み込まれている設備も使えば、次第に傷んできます。その使い方が間違っていれば、早く壊れてしまいます。修理したり取り替えたりしなければなりません。
    物の特性をよく理解して、正しく取り扱うことにより、長持ちさせることが出来ます。結果として、イニシャルコスト(建設費等の初期投資額)とランニングコスト(維持管理費等)を合算したライフサイクルコストの軽減が図れます。
    限られた資源を有効に活用するために、スクラップ・アンド・ビルドから既存建物を長持ちさせるストック重視に移行しています。
    維持保全業務の中には、執務環境や安全衛生上、快適で安心して過ごせるように法律で定められた検査確認業務があります。広範囲にわたる業務を適正に、かつ効率的に行うためには、片手間ではなく、熟知したスタッフを揃えて本格的に取組む体制が望まれます。     

  • When(いつ)
  • 運用管理 建物の完成・引渡しを受けてから解体・撤去までの間、ずっと維持保全をしていかなければなりません。施工者による工事が1年弱から数年の期間に対して、維持保全は数十年以上の長い付き合いとなります。
    予防的な保全を全くせずに、故障が起きてから手を打つことも出来ます。その場合は、建物の寿命が短くなるし、入居している組織に致命的な損害を与えることもあります。
    人間も定期的に健康診断をして、悪いところを早めにチェックしながら悪化しないように用心をします。更に悪くなれば、薬の投与や手術等の治療を受けます。
    健康に過ごせる幸せは、体を患って痛感します。人と同様に、建物に幸せな一生を送らせるためには、日頃からの養生が大切であり、その心が建物の維持保全の真髄です。持って生まれた建物の使命を全うさせるために愛情を持って接することにしましょう。

  • Where(どこで)
  • 建物の維持保全だから、建物の内部で行います。規模が大きくなると、設備機器等を運転管理するための中央監視室や通用口近くに守衛室(警備室等)を設置して、維持保全業務に携わる人が控える部屋を用意します。また、清掃用具入れやトイレットペーパー等の交換用品置場等のスペースも必要となります。
    規模が小さくなると家庭に近づきます。家族で役割分担して、掃除や洗濯をしたり、ゴミを出したり、戸締りをしたり、痛んだところは日曜大工で修理したりします。家族で手に負えなければ、プロに頼みます。家とビルでは規模の大小の違いはありますが、建物の維持保全については基本的に同じです。

  • What(何を)
  • 維持保全の対象は大きく分けて建物本体と設備機器関係になります。
    建物本体は構造部の点検と内外装の点検です。内外装の仕上は日常の清掃等で気がつきますが、構造体は仕上材で隠れている部分が多いので、専門家による診断が必要となります。
    設備機器本体とそれに接続している配管等の点検は、日常的な設備の運転保守業務の中で異状を早めにキャッチし、手当てをします。安全や健康に関わる給水用の水質検査等は水道法やビル管理法等の法律で義務付けられています。
    建物の美観を守るために内外装の清掃を定期的に行い、建物全体を保安するために日常的に警備を行います。

  • How(どのように)
  • 検査 建物の維持保全の業務内容を整理し、維持保全計画を立て、実行できる体制を組むことです。予算を伴うことだから、どこら辺で折り合いを付けるかバランス感覚が問われます。
    主な業務内容は清掃・衛生管理・設備の運転保守・建物の点検整備・警備等です。
    維持保全計画書は実施方法を明文化したものであり、実施体制・責任範囲・点検箇所、時期、判断基準・修繕計画・資金計画等を定めます。
    実施体制は維持保全の考え方に関する組織(会社)の責任者・維持保全を実施する責任者・常駐担当・非常駐担当からなり、緊急時の連絡体制を構築することが重要です。

維持保全のフロー

  1. 完成検査の立会い及び取扱い説明会
  2. 建築主は完成検査においてビル管理の視点でチェックし、疑問な点があれば、施工者等に質問します。引渡しを受けてからオープンするまでの間に、建築主は施工者・メーカー・維持保全担当者を集めて取扱い説明会を開き、維持保全に必要な情報を伝達してもらいます。
    施工者及びメーカー等に建物の維持保全の手引書(マニュアル)を用意してもらい、設備等の運転・操作方法・取扱いの注意事項・点検方法等の説明を受けます。
    出来れば、設計者又は施工者に維持管理費の試算を依頼し、説明を受けます。

  3. 維持保全計画書の作成及び実施体制の確立
  4. 設計の段階で建物の機能とそのグレードが決まるので、グレードに対応した維持保全計画案の雛形を設計者に提案してもらいます。その雛形を参考にして、建築主は上記の5W1Hを検討し、維持保全計画書を作成します。
    維持保全計画に基づき、社内の担当組織を立ち上げ、外注する業務については業務仕様書を作成して専門業者を選定します。
    建物の引渡しを受ける前に維持保全計画書の作成と実施体制を整えておく必要があります。

  5. 維持保全業務の実施
  6. 保全業務には日常的に行うものと定期的に行うものがあり、維持保全計画書に定められた要領に基づき実施します。

    • 日常的保全業務
    • 運転・監視・・・建物を使用できる状態にするため、建築設備を稼動させて快適な執務・作業環境が維持できるように監視・制御する。
      補修・・・設備等が劣化して所要の機能が発揮できなくなった場合は、メーカーや専門業者を呼んで調査してもらい、機能回復のための補修工事を行う。
      清掃・・・トイレ等は衛生上、毎日清掃する。廊下・事務室等の内部清掃、外壁・窓ガラス等の外部清掃は美観上、汚れの度合いに応じて定期的に清掃する。日常的な清掃は耐久性の向上にもつながる。

    • 定期的保全業務
    • タイル点検任意点検・・・法律に基づく点検ではなく、機能保持のために建物のグレードに応じて任意に定めた周期に点検する。例えば、屋根防水は雨漏りの原因となる症状が無いか、外壁タイルは亀裂が入って浮きが生じ、落下の危険性が無いか等を定期的に点検する。
      法定点検・・・安全や健康に関わるものは建築基準法や消防法等で定期的な点検が義務付けられている。例えば、消防用設備は6ヶ月に1回は外観・機能・作動点検をしなければならないし、エレベターも年に1回は性能検査をしなければならない。

    • 保全の記録
    • ・建物・設備台帳・・・建物の施設概要・設備機器の機種や性能・点検記録・光熱水費・修繕履歴等、維持保全に関わる固有情報は建物カルテとして記録し保存する。
      ・光熱水費・修繕費の経年変化等を分析し、維持保全の良否を判断したり、維持保全計画の見直しのツールとして活用する。

  7. 建物の診断
  8. 点検 日常的な保全業務と定期的な点検を行っていても、建物の各部位や建築設備等は経年劣化により所要の機能・性能が低下します。耐用年数がくる前に各部位の劣化状況を本格的に調査して、修繕処置の可否や修繕方法等を検討するための診断が必要となります。

    • 物理的劣化の診断
    • 物理的な劣化とは、稼働時間等が許容限度をオーバーすることにより、消耗・疲労・腐食等を起こし、所要の機能・性能が維持できなくなる状態をいう。ほおって置くと故障し、機能回復ができなくなる。
      一般論として、耐用年数(寿命)は各部位毎に定められているので、寿命が来る前に、出来るだけ早めの診断を行って次の対策を講じるのが良い。

    • 社会的劣化の診断
    • 社会的な劣化とは、新築時に設定された機能・性能の要求水準が時代の変化に対応できず、陳腐化して使い物にならなくなる状態をいう。
      社会的劣化として、IT化等の技術革新によるもの、省エネ化・耐震化等の法的規制によるもの、地球温暖化・少子高齢化等の社会環境や価値観の変化によるものが考えられる。
      安全性診断・耐震性診断・省エネルギー診断・機能診断等があり、陳腐化を解消するため、機能向上・機能変更・用途変更に対応できる方策について診断する。

  9. 修繕・改修工事
  10. 建物の診断の結果、劣化や陳腐化が著しく、修繕又は改修の必要性が高いと判断されれば、予算を用意して工事の準備に取りかかります。
    とりあえず当初の機能水準まで回復させる小規模のものを「修繕」と呼び、機能向上や機能変更等の大規模のものを「改修」と使い分けています。

    • 修繕工事
    • 部分的に補修したり交換したりする軽微な工事のイメージである。金額的にも小さいので、出入りの修繕業者や元施工者に特命で随意契約するのが一般的である。

    • 改修工事
    • 劣化した部分を撤去して、よりグレードの高いものに改良・改善する工事のイメージである。元施工部分は撤去するので、元施工者でなくても良い。工事金額が大きくなると特命ではなく競争入札にすることが多い。

  11. リファイン建築
  12. 施工 改修の一つとして建物の用途変更を行うことがあります。最近、オフィスビルをマンションに改造したり、工場を美術館に模様替えしたという話をよく聞きます。
    この用途変更を一般的にコンバージョンといいますが、リファイン建築とも呼ばれます。近年の経済情勢や地球環境問題等、社会環境や構造の変化の中で、建物の長寿命化や有効活用を図る手法として注目されています。
    「リファイン建築」については、以前掲載しているので、そちらを参照してください。

ケース・スタディ

前回の「建築の施工」でケース・スタディした可部駅ビル(仮想)は、元請施工者から引渡しを受け、建築主JR西日本(可部駅)が建物の管理運営をすると仮定して、建築主の維持保全業務を想像してみます。
なお、私は建物の維持保全の実務経験がないので、全くのフィクションです。

    可部駅ビル
    可部駅ビル機能図
    パース
    可部駅ビル・パース
    会議
    取扱い説明会
    可部保全体制
    維持保全実施体制
  1. 建物概要
  2. 1.所在地:可部駅構内
    2.建物規模:鉄骨造2階建て、延べ床面積600?
    3.外部仕上:外壁は化粧用ALC版(横使い)、屋根は塩ビ鋼板
    4.設備概要:パッケージ型空調機(個別方式)
    5.オープン:2009年8月
    6.入居者:可部駅、テナント(飲食店・コンビニ等)

  3. 取扱い説明会
  4. 完成検査が終了し、建物を受取る前に施工者及びメーカー等から維持保全担当者に運転・操作の方法や取扱い上の注意事項等の説明を受けます。
    1.施工者からは内外装の仕上材とその清掃方法等について説明を受ける。
    また、雨漏りや建具等の不具合の起こりやすい部位について説明を受ける。
    2.パッケージ型空調機等の設備の操作方法・省エネ対策等の説明を受ける。
    3.電力・給排水等のテナント対応について説明を受ける。
    4.補修に必要な仕上材等の予備品を受取る。
    5.瑕疵担保期間の半年後と2年後に瑕疵検査を行う旨の説明を受ける。

  5. 維持保全計画及び実施体制
  6. 可部駅の組織を駅長(A)の下に4人の駅員と仮定します。そのうちの1名(B)が総務・経理担当で施設の維持保全も担当します。
    1.維持保全業務についてはBが計画を立案し、Aの承認を得てBが外部委託の手続きをする。
    2.外部委託は日常の清掃業務と夜間警備とし、設備等の保守管理は納入メーカー等に委託する。
    3.事故・トラブル時の緊急連絡体制を整える。
    4.毎月の光熱水費・修繕費等を記録し、次年度の予算要求の資料とする。
    5.テナント入居者と定期的にコミュニケーションを図る。

  7. 維持保全業務
  8. 1.清掃・・・トイレ・洗面所は毎日、床は週1回程度、外壁・窓ガラスは年2回程度
    2.夜間の非常勤警備・・・警備保障会社に委託
    3.設備等の保守管理・・・稼動シーズンのスタート時・終了時にメーカー等が点検

雑感

建物というのは使い勝手が悪かったり、クレームが多いと愛着が湧きません。即ち、設計と施工が良くなければ、愛される建築にはなれないということです。
しかし、設計と施工が良くても、建物を管理する人が大事に扱わなければ、すぐに傷んでしまいます。

建物に愛着を持つためには、どういう思いで設計され、施工されたかを知ることも必要です。設計者は「ここはこういう風に使って欲しいと願って設計した」と設計の意図を語り、施工者も「ここはこういう風な気持ちで作っているから、こういう風にメンテして下さい」と引き渡した後の世話をお願いすべきです。
設計者・施工者と建築主(建物を運用管理する者)の意思の疎通が図れるようになることを期待します。

人々はとかく落成式等の新築時に注目しがちです。一番晴れやかな日だから仕方ありません。マスコミ等も、誰が設計し、どのぐらいの構造規模で、いくらで建設したか、見栄えはどうか、といった上辺だけの紹介に終始しています。
建物は使われ、求められている機能を発揮して始めて価値が生まれます。運用管理する人達が建物に命を吹き込む役割を果たしています。同じ建物でも管理運営の仕方によって、建物の価値に雲泥の差が生じます。

コストも?単価で比較して安いとか高いとか、新築時の建築コストに目が奪われがちです。建物生涯のライフサイクルコストは初期投資額(建設費)の5〜6倍と言われています。初期投資額の安い方が良いかライフサイクルコストの安い方が良いかと問われれば、多くの人が後者を選ぶことでしょう。それなのに目先のことしか目に入らないのは人間の性かもしれません。

今、地球の温暖化が叫ばれ、その主原因となる温室効果ガスの排出量の削減に世界中が必死になっています。これまでの状態が続くと、地球上に住めなくなる時が近いうちにやって来るということですから、問題は深刻です。
地球環境の保全は人類の英知にかかっています。1995年の統計によると、わが国の建設産業関連の二酸化炭素排出量は全産業の約40%を占めています。そのうちの約11%が業務用ビルの運用時、約13%が家庭の運用時と言われています。建物の維持保全も私達の身近な問題として、積極的に省エネ化や合理化を図り、地球温暖化防止の一役を担っていくことが求められています。


  (2009.4.15 記載)   
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