「ヒロシマの町ビジョン」策定の進め方


瀧口信二

これまで広島中央公園構想とそのコア的存在である旧市民球場跡地エリア利用計画私案を検討してきました。
さらに詳細を検討する予定でしたが、少し立ち止まることにしました。市の方で策定された上位計画(「広島市総合計画」及び「ひろしま都心ビジョン」)がありますが、ムードやイメージ先行型で具体的な指針に欠けています。
市の上位計画を別の視点で見直し、市民が共有できる具体的な行動指針「ヒロシマの町ビジョン」を策定する必要性を強く感じました。
今回は、そのビジョン策定の進め方について私案を記述したいと思います。

ビジョン策定のアプローチ

その町を理解し、問題点等を整理して改善案(ビジョン)を提案するためには、多面的なアプローチが求められます。
スポットではなく、線的なつながり、面的な広がり、俯瞰的な視点、歴史的な流れ、社会的な要請等の偶然性と必然性を読み解いて、導き出す必要があります。
従来、交通体系、電力・ガス・給排水等のライフライン、用途地域等の都市計画といった都市の基盤整備に重点が置かれていたが、ここでは現在の基盤整備を基に、ソフト面からのアプローチを試みたいと思います。

  • 地理的考察
  • 広島市地図 中国山地に源を発する水の流れが集まって太田川となり、瀬戸内海に流れ出す過程で、広島湾にデルタが形成され、さらに埋立てにより現在の広島の地勢が成り立っています。
    平地はデルタと埋立地で、後背地は山に囲まれ、前面は海が広がっています。このエリアが旧広島市域で、約30万人が住んでいます。山と川と海に育まれた過ごしやすい温暖な地です。
    広島の気候風土、地域の特性、人の気質等、また交通体系等の都市基盤整備から広島ならではのビジョンが導き出されるか否かを検討します。

  • 歴史的考察
  • 広島城 1559年に毛利輝元がこの地に広島城を築いて以来、江戸時代は城下町として栄え、近代国家になってからは国のブロック機関や県庁等が所在する中国地方の中核的行政都市として成長します。
    広島城周辺には練兵場等の陸軍関係の施設が集中し、明治時代には臨時の大本営が設置されたこともあります。第二次世界大戦前は軍事都市の様相を呈していたこともあり、原爆投下の対象となりました。
    戦後は、被爆からの復興を目指し、国際平和文化都市を目標に掲げて整備が進められています。世界へ平和文化を情報発信するため、町づくりとして寄与できることを検討します。

  • 社会的考察
  • 地球や人類の将来のために今から取組まねばならない社会的・時代的なニーズがあります。避けて通れない課題であり、町づくりの基本に据えて置かなくてはなりません。
    地球環境の保全に寄与し、あらゆる市民が楽しく平和に暮らせるユニバーサルな社会を目指していかなければなりません。
    また、地方分権の方向が加速し、道州制の州都としての位置付けも見据えておく必要があります。
    中期的・長期的にどんな町の将来像が描けるか、また、その手順について検討します。

  • 空間的考察
  • 環境護岸 山・川・海に囲まれた地域の特性を活かすには、山からの・川からの・海からの景観とアクセスを尊重しなければなりません。
    海・川・山の自然を最大限に活かし、市民生活の身近な存在として親しまれる空間をネットワーク化していくことが求められています。
    人の歩行と車・新幹線・飛行機等のスピード感覚及び距離感覚を尊重し、移動手段の役割分担と連携を明確にした町のあり方を検討します。

  • 時間的考察
  • フラワーフェスティバル 大きな時代の流れとしての歴史とは別に、春・夏・秋・冬の1年間の四季の移り変わり、月曜から日曜までの1週の変化、朝・昼・夜等の1日の変化に伴う町の風景・佇まいがあります。
    フラワー・フェスティバルや平和記念式典等、年間を通していろいろなイベントがあり、変化に柔軟に対応できる設えを備える必要があります。各種の祭りやイベント等の総合調整・連携強化による相乗効果を図る方策をソフト・ハード両面から検討します。

  • 人間的考察
  • 人の生活は衣食住に代表され、「衣食足りて礼節を知る」とも言われます。ビジネス等の経済も発展し、レジャーや飲食等の楽しみ・賑わいもあり、それぞれのライフ・スタイルに合った住環境も求められています。
    ハード面より市民の生き方・住まい方といったソフト面からのアプローチが必要です。都会志向と田舎志向、地域交流、人材育成等の視点から、少子高齢化社会に適した町とは何かを検討します。

ビジョン策定のフロー

    ビジョン策定フロー
  1. ビジョンのテーマ選定
  2. 上記の各考察を通じて、時代の要請に応える普遍的なテーマとその町固有のテーマを選定します。
    日本のどの町にも適用されるべきテーマとしては、「地球環境保全に寄与すること」と「少子高齢化に適した町づくり」です。
    広島固有のテーマとしては、「国際平和文化都市の具現化」と「自然等の地域特性を最大限活かした町づくり」です。

  3. 文献調査及び情報収集
  4. 過去にも類似したテーマの調査・研究がなされているので、ビジョンのテーマに関連した文献等を整理します。また、インターネット検索等により関連情報を収集し整理します。

  5. 現地調査
  6. 特に、地理的・空間的考察は現地調査がメインとなり、山や川や海からの目線に立って問題点の把握に努めます。
    市内の山頂からデルタを見下ろし、町の骨格と将来的な可能性について構想を練ります。
    また、リバーフロントとウォーターフロントの現状を把握し、町全体の計画との一体化を図る方策を検討します。

  7. 有識者との意見交換
  8. > 上記の各考察分野における有識者に持論を開陳してもらい、パネルディスカッションを展開します。
    ・地理的考察・・・広島の地勢及び都市基盤整備による将来の発展の可能性を探る。
    ・歴史的考察・・・広島から発信すべき「国際平和文化」を町づくりからサポートできるか。
    ・社会的考察・・・少子高齢化社会における持続可能な町のあり方を探る。
    ・空間的考察・・・広島の自然・地域特性を活かした町づくり。
    ・時間的考察・・・生活に彩を添える町のあり方を探る。
    ・人間的考察・・・都市と田舎の住まい方。

  9. 取りまとめ
  10. 有識者との意見交換等を踏まえ、ビジョンの骨格を固め、各テーマ毎に執筆を依頼し、「ヒロシマの町ビジョン」の報告書を取りまとめます。

ケース・スタディ

上記のビジョン策定のフローに沿って、事例的にスタディを試みてみます。

    航空写真
    航空写真(市の報告書より)
    地図
    旧市街地図(同上)
    水辺のカフェ
    水辺のカフェテラス(同上)
  1. 広島市の概況
  2. 1.位置 : 広島県の県庁所在地、中国ブロックの中心的位置
    2.政令指定都市 : 1980年に全国10番目の政令指定都市、8区編成
    3.人口 : 117万人
    4.面積 : 905平方キロ
    5.その他 : 広島平和記念都市建設法

  3. ヒロシマの町ビジョンのテーマ
  4. ・「地球環境保全に寄与すること」
    ・「少子高齢化に適した町づくり」
    ・「国際平和文化都市の具現化」
    ・「自然等の地域特性を最大限活かした町づくり」

  5. 文献調査及び情報収集
  6. ・広島の歴史・風土等、地理的な情報を収集し、理解する。
    ・広島市総合計画等の市の関連資料、広島の町づくりに関するレポート等の内容を把握する。

  7. 現地調査
  8. ・比治山・黄金山・江波山の旧市内に位置する山及び三滝山・武田山・二葉山等の周囲の山から市街地を展望する。
    ・海・川の船上から展望し、リバーフロント及びウォーターフロントの現状を把握する。

  9. 有識者との意見交換(一部の事例)
    • 地理的考察
    • ・6本の川からなる「水の都」の特徴を活かす。既に「河岸カフェテラス」、「親水護岸」、「遊覧船・水上タクシー」等の試みがなされている。
      ・JRの広島駅、空の玄関・広島空港、海の玄関・広島港、市内をつなぐバス・電車・アストラムラインのネットワークを強化する。
      ・グリーン・ベルトの平和大通りは地下空間を活用して多機能化し、川との連結等を図る。

    • 歴史的考察
    • ・人類史上最初の被爆都市広島には、核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を世界に訴えていく使命がある。
      ・一方で、被爆前の歴史も継承していかなければならない。町の中に歴史を刻む建物・構造物等を保存し、有効活用を図る。

    • 社会的考察
    • ・地球環境保全に寄与し、かつ少子高齢化に適した町は、歩いて行ける範囲内に生活に必要な機能を備えていなければならない。
      ・高齢者ばかりが目立つ町では活気に欠けるため、3世代が住める町が望ましい。
      ・市内の移動はバス・電車等の公共交通機関を利用し、個人の車利用は極力控えることができる町を作る。

    • 空間的考察
    • ・広島の一番の特徴は6つの川が流れていることである。その川岸に遊歩道を設けて5つのデルタの洲を一周させれば、利用の仕方が膨らむ。
      ・適当な間隔で川の駅を作り、水上タクシー乗り場や川岸カフェテラスを設ける。
      ・サイクリング・ロードを併設できれば、自転車やマラソン等のスポーツ・レクレーションにも利用できる。

    • 時間的考察
    • ・生活に彩を添えるのは祭りやイベント等である。広島にも各種のイベントがあり、それぞれのエリアで催されている。
      ・広島の中心に、例えば旧市民球場跡地に「祭りのメッカ」を設置し、市内のどこかでイベントが行われている際には「祭りのメッカ」でも同時開催する。
      ・市民の多くの目に触れることにより、イベントの波及効果を高めていく。

    • 人間的考察
    • ・人の生活は我が家の中と外に分けられる。幼少期と高齢期は家での生活が主となり、少年期から仕事を持って働いている間は外部での生活が主となる。
      ・学び場や職場は家の近くにある方が望ましい。人が多いところには飲食店・遊技場(レジャー等)・商業施設等が集まってくる。
      ・町に住みたい人と自然に囲まれてのんびり過ごしたい人に分かれるが、多くの人はその両方を満たしたいと願っている。これからの生活スタイルは、両方の条件をクリアできる方向を目指していかなければならない。

  10. 取りまとめ
  11. ・上記の考察結果をビジョンの4つのテーマに整理し、テーマ毎に提案をまとめる。
    ・まとめられた提案を集約したキャッチ・フレーズを決める。
    ・報告書とその要約版を作成し、報告会や出版等を通して市民への広報に努める。

雑感

私はまだ町づくりに関わったことがありません。今回のテーマは私には富士山のような高い目標です。
広島に生まれ育った人間にとっては、広島の町に興味を抱くのは自然の感情です。大阪や東京圏に通算で20年近く住んでいただけに、広島の良さも悪さも実感しています。 短所をいじくっても、良い結果は期待できません。少しでも長所を見つけ出し、伸ばしていく方が可能性が広がるものと思います。

町づくりは政治・経済・文化等の幅広い裾野の上に成り立っています。行政サイドだけが頑張っても、市民の理解と協力が得られなければ、成功しません。
また、個人の権利が複雑に絡んでいることが多いので、きれいごとだけでも前に進みません。清濁併せ呑む度量の大きさとより良い方向に導くリーダーシップを持った人材が求められます。

広島の町を良くするための一助になることを願って、微力ながら「ヒロシマの町ビジョン」の策定に着手したいと思います。

*ちょっとコーヒーブレイク : 『サーモン・カムバック

  (2010.4.15 記載)   
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