建築工事の発注


瀧口信二

前回の「建築の設計」は建築生産における設計業務の内容とフローについて記述し、可部駅ビル(仮想)をモデルにケーススタディをしてみました。基本構想レベルの提案ですが、少しずつ内容を充実させていきたいと思います。
今回は、設計図書の完成後いよいよ工事を発注する段階について、特に発注者の側に立って記述したいと思います。

工事発注の内容

建築の設計が完了すると次に誰に施工してもらうかを決めなければなりません。設計図書が完成予想図とすれば、その図面を現実のものにするのが施工です。その施工者を決定する作業が工事の発注業務です。まず、発注作業を5W1Hに当てはめることにより、発注業務の内容を紐解いてみます。

  • Who(誰が)
  • 発注者 工事を発注する人を民間の場合は、施主とかオーナーと呼びます。主に施工する建物の持ち主であったり、建物の会社を代表する者を意味します。行政等の公共機関の場合は担当部署が発注するので、ただの発注者です。ここでは総じて「発注者」と称します。
    発注者は品質の確保ができる優秀な施工者を選ばなければなりません。しかも適正な価格が条件です。より安く、より良いものを求めるのが一般の消費者心理です。工場製品のように完成したものを店頭で買い求める場合には、その通りです。しかし、これから作られるものに対して事前に作る人を選ぶ場合は、通用しません。作る人も商売なら、利益を上げなくてはなりません。安く引き受ければ、当然その値段から利益を差し引いて物が作られます。
    建設業においてもダンピングがよく問題になりますが、不当な値引きをして良いものができるはずがありません。安物買いの銭失いです。発注者にとっても建設業界全体にとっても良いことは一つもありません。
    発注者は適正な価格で適正な品質が確保されるように最大限の注意が必要です。発注者自身で判断できない場合は、技術的サポートを専門家に求めるべきです。コンストラクション・マネージャー(CMr)は発注者のサポート役をその職能としています。CMrはマネジメント業務に長けた人で、以前は建築家がその任を担っていましたが、今では幅広い分野の上級技術者がCMrを担当しています。

  • Why(なぜ)
  • なぜ発注するかといえば、発注者自らが施工する能力を持たないからです。戦前の国の土木工事は直営施工といって、国自ら建設機械を所有して労働者を集めて監督しながら工事を実施していました。戦後も公共土木はその意識が底辺に流れていましたが、最近になってやっと民間の技術力を高く評価するようになりました。
    公共建築は早い時期から民間の技術力を活用する方向に動いています。建築は民間工事のシェアが大きく、新しい技術は民間主導で取組まれているからです。建築工事は職種が多く、複雑で高度な技術力が必要なため、発注者自らが施工することも管理することもできません。そこで発注者は施工を専門とするゼネコン業者を選んで施工を委ねることになります。

  • When(いつ)
  • 工事の発注は基本的には設計図書が完成してからです。工事の範囲を明確にし、予算の範囲内に収まることを確認のうえ、発注の手続きをスタートさせます。
    もし、図面が未完成であったり、予算がパンクしたまま発注すると、設計変更等で二重三重の手間と経費がかかり、関係者に多大な迷惑をかけることになります。

  • Where(どこで)
  • 発注作業は発注者のテリトリー(領域)で行われます。入札参加者に発注用図面を渡し、質疑に答え、入札を行います。場合によっては、建設地まで出向いて、図面説明と敷地案内をすることもあります。
    特に、入札参加者の選定や入札後の審査等は慎重を要するので、特別に会議室を使用するのが一般的です。

  • What(何を)
  • 設計 何を発注するかといえば、それは発注者の求めに応じて設計図書に描かれた形のものです。形は平面図・立面図・断面図・詳細図等の図面と使用する材料や要求する性能等を記載した仕様書等で表現されています。形として残らない工事中の安全対策や近隣住民対策等は施工条件として文章にします。また、口頭で説明した内容も可能な限り文書で残します。
    「このぐらいの予算で、こんなものを作って欲しい」と棟梁に一任して、発注者の満足のいく出来上がりが期待できた時代は遠い昔のこととなりました。契約社会の現代においては、なぁなぁの曖昧な世界は通用しません。発注者と施工者は対等の立場で双務契約を結ぶことが求められています。

  • How(どのように)
  • 発注の方法は工事の内容や規模、官民の違いによって、多種多様に分かれます。ここでは入札参加者と発注区分について簡単に触れます。
    入札参加者は1者の特命か複数の指名か、それとも広く参加希望者を公募するか、大きく分けて3通りあります。民間工事の場合は特命か指名がほとんどです。公共工事の場合は指名から公募に移りつつあります。それぞれメリット・デメリットがありますが、ここでは省略します。
    特命の場合は随意契約となり、指名や公募のように複数の者が参加する場合は競争入札となります。競争入札も価格のみの場合と技術力等を加味して総合的に評価する場合があります。
    発注区分は一括か分離かの2通りです。電気・機械等の設備工事を建築工事の中にまとめる一括発注は手続き等が簡便なため民間工事に多く、分離発注は公共工事に多く見られます。どこまで分離するかは工事の内容や発注者の体制によって異なります。それぞれメリット・デメリットがあります。

工事発注のフロー

  1. 設計図書の完成
  2. 設計者 発注手続きに入る前に、基本的には設計作業をすべて完了し積算も終えて、設計の内容と予算配分について発注者の承認を得ておくことが望まれます。
    しかし、一括発注をせずに工事を分離して発注することもあります。完成時期を早めるために躯体工事を先行させ、追いかけて仕上工事を発注したり、建築工事と設備工事を分離することはよくあることです。発注区分に応じた設計図面のセットと積算を済ませておきます。

  3. 発注方法と発注区分の決定
    • 特命か競争か
    • ・民間工事の場合、発注する側の会社が大きいほど馴染みのあるゼネコンに特命で契約するケースが多く見られます。長年の付き合いの中で培われた信頼関係は貴重です。安心して工事を発注することができます。また、工事の特殊性においてその者しかできない場合は、やむを得ず特命になることがあります。
      ・日常的に付き合いのあるゼネコンを持たない場合は、数社を指名して競争させ、優位な者と契約します。一般的には入札金額の一番低い者が特定されます。
      ・公共工事の場合は、恣意的な要素が入らないように工事の内容や規模によってゼネコンをランク分けし、工事実績等を勘案して客観的に指名業者を選定します。最近では一般公募の中からふるいにかけて入札参加者を選定し、入札金額と技術提案等を加味した総合的な評価で施工者を特定する方式がとられています。

    • 一括か分離か
    • ・1本にまとめて発注した方が責任の所在が単純明快であり、発注手続きの手間も省けるので、発注者側のメリットがあります。受注する側も、元請は自分の差配で総合的に全体を調整できるメリットがあります。
      ・一方、職種を異にする設備ゼネコンにとっては、建築ゼネコンの下請に入るメリットはほとんどありません。自主的に施工管理できる能力を持っています。公共建築工事においては、原則として建築工事と設備工事に分離して発注されています。

  4. 工事の想定価格(予定価格)の決定
  5. 発注区分が決まれば、それに沿った図面をまとめ、積算を行い、発注単位毎に想定される工事価格を決定します。入札金額の多寡を評価するための基準となる価格です。
    公共工事では入札の上限を拘束する価格となり、原則この価格を超えた場合は落札できないことになります。民間の場合はそのようなルールはありません。あくまでも参考価格であり、発注者側の想定した価格です。

  6. 入札参加者の指名又は公募
  7. 特命で決まる場合はパスして、ここでは入札参加者を指名又は公募するケースについて説明します。

    • 指名業者の選定
    • ・民間工事の場合は、工事内容に即した実績のある者や工事規模に合った者から数社程度を選定するのが一般的ですが、営業のある者の中から選ぶことが多いと思います。その心理は良く分かりますが、恣意的な要素が入りやすくなります。営業のない場合は、知人や建築家等に相談して決めることになります。
      ・公共工事は恣意的な要素を嫌います。汚職の温床にもなるし、公明正大に客観的に選ばなければクレームが生じます。特定の者に偏らないように工事内容・金額によるランク分けをし、地域性や工事実績等を勘案した選定基準を設けて10者程度選定します。また第3者による監視委員会を設けて外部の人がチェックできるようにしています。

    • 一般公募の場合
    • ・発注者は事前に工事規模・内容等により、業者のランクや会社と配置予定技術者の同種工事実績・有資格等の参加資格と審査基準等を決めておきます。次に工事概要と参加資格を公告し、資格条件に適合する者の中から入札参加希望者は発注者に申請書類を提出します。
      ・発注者は提出された技術資料等を審査し、入札参加の可否の結果を申請者に通知します。公共工事の場合は、公平性・透明性・競争性が求められ、説明責任が問われます。

  8. 入札及び審査(施工者の特定)
  9. 入札参加者が応札し、発注者が開札して入札結果を確認します。技術提案等を求めている場合は、審査をして評価点を計上し、入札金額の評価点と合わせて総合評価をします。最上位の者を施工者として特定します。以下、個別のケースについて説明します。

    • 特命随意契約の場合
    • ・特命された者が提示した見積り金額が発注者の工事想定価格より低ければ、見積り金額がそのまま契約金額になります。高ければ、両者がネゴシエーションをし、歩み寄りした金額で折り合いを付けます。決裂した場合は、別の者を検討することになります。

    • 指名又は一般競争入札の場合
    • ・入札金額だけで判定する場合は、一番低額の者が優位となります。工事想定価格を大幅に超えていれば、何度か入札を繰り返します。民間工事の場合は、適当なところで打ち切り、最低入札者を契約の相手方として特定します。
      ・公共工事の場合は、工事想定価格(予定価格)以下でなければならないという制約があるので、入札で下回らない場合は最低入札者とネゴを行います。ネゴが不調に終わった場合は、二番目の低入札者と同様のことを行います。すべて不調の場合は、発注手続きのスタートに戻って最初から仕切り直しになります。

    • 総合評価方式を採用した場合
    • ・価格だけで競争するのではなく、会社の組織力・配置予定技術者の能力・工事に対する技術提案等を競わせて、価格と技術力の総合評価の高い者を特定します。
      ・公共工事の場合は、工事想定価格(予定価格)の上限拘束があるので、総合評価点が高くても、入札金額が想定価格を超えていれば、施工者の特定対象から除外されます。
      ・総合評価方式は、技術と経営に優れた健全な建設業の育成に寄与できること、価格以外の多様な要素を加味した競争により、ダンピングや談合が行われにくい環境になることが期待されています。

  10. 工事請負契約の締結
  11. 契約 落札者が決まり、契約の相手方が特定されると、発注者はその者と工事請負契約を結ぶことになります。

    • 請負契約とは
    • 「請負契約」は民法に規定されており、「仕事の完成をもって金を支払うことを約束すること」です。一般の商品は金を支払うことによって自分のものになる「売買契約」ですが、工事は請負契約です。工事に着手する前に、施工者は契約図書通り工期内に建物を完成させ、発注者は引渡しを受けて工事金額を支払うことを約束する行為です。

    • 工事請負契約書の交換
    • ・発注者(甲)と請負者(乙)の間で、工事請負契約書を交換し、工事請負契約約款・契約図書・請負代金内訳明細書を保管します。工事請負契約書は工事件名・工事場所・工期・引渡し時期・請負代金額・請負代金額の支払い方法等を記載したものです。工事請負契約約款は発注者と請負者の責務等の留意事項を記載したものです。契約図書とは、契約書と設計図書のことです。設計図書とは、図面・仕様書・現場説明書及び現場説明に対する質問回答書のことです。
      ・工事現場では様々な施工上の制約があるので、個々の工事施工条件については必要な事項を特記仕様書・現場説明書・図面等に明示する必要があります。

ケース・スタディ

前回の建築設計でケース・スタディした可部駅ビル(仮想)の発注作業を想定してみます。発注者を土地所有者のJR西日本と仮定し、半官半民の立場に立って検討します。

    配置図
    可部駅ビル配置図
    可部駅ビル
    可部駅ビル機能図
    パース
    可部駅ビル・パース
  1. 工事概要
  2. ・工事場所:可部駅構内
    ・建物規模:鉄骨造2階建て、延べ床面積600?
    ・工事想定金額:7.200万円(内訳:建築6.200万、電気・機械共に500万)

  3. 発注方法と発注区分
  4. ・特別に縁のある者も無く、半官半民なので10者程度の指名競争とし、地元可部を中心とした広島市内に本社を置く中堅クラスの業者から選定する。
    ・建築的には規模も小さく簡易な部類に入るので、技術提案等は求めず、価格競争とする。
    ・建築工事が主体で設備工事費の比率も小さいので、全てまとめた建築工事の一括発注とする。

  5. 入札参加者の10者選定
  6. ・CORINS(工事実績データベース)を用いて公共建築の工事実績と鉄骨建築の施工実績の有る会社を把握しておく。
    1.広島市内に本店を置く中堅クラスの建築業者をリストアップする。
    2.公共建築と鉄骨建築の実績のある者に絞り込む。
    3.まず可部に本店を置く者を先に選び、残りは2.の実績の多い順に選定する。

  7. 入札及び審査
  8. 会議 1. 入札後、開札の結果、最低札(A社)が7.200万円以下なら、A社を落札者とする。
    2. 1回目の入札で想定金額を上回っている場合は、3回まで入札し、それでも落札しない場合は、最低札(B社)とネゴをする。会計法の縛りが無いので、想定価格を超えていても妥協できれば、B社を特定する。
    3. B社との話合いに決着がつかない時は、順次、低入札者とネゴに入る。全て不調になった場合は、設計の内容まで見直しをし、入札参加者も入れ替えて再入札を行う。

  9. 工事請負契約の締結
  10. ・工事請負契約書に発注者と請負者の代表が記名・捺印し、当事者が各1通を保有する。
    ・工事請負契約約款は工事中・建物完成時・引渡し後にトラブルが発生した時の解決方法等を取り決めた書類なので、契約前に十分なチェックを行う。

雑感

最近の建設業界は悲惨な状況で、あちこちで老舗といわれる地方の中核的な建設会社が倒産しています。その要因として、?建設市場の規模の縮小、?一般競争入札の導入による価格競争の激化、?米国に端を発した金融不安による貸し渋り等が挙げられています。

財政の赤字体質を改善させるために、公共工事のコスト縮減、公共事業費の削減、一般競争入札の導入等、国を筆頭にして地方公共団体がこぞって突進しました。スリムにはなりましたが、やせ細ってガリガリになると抵抗力が弱り、小さな風邪でもすぐ寝込んでしまいます。

10年来の公共工事の入札契約制度の改革も、一度足踏みして総点検をしてみる時期に来ているのではないでしょうか?指名競争から一般競争に移行した一番のきっかけは官民の癒着(汚職・官製談合)でした。一般競争になってダンピングが横行したため、価格競争から価格と品質で競争する総合評価方式の導入が現在進められています。

果たして、これまでの見直しでどれだけ効果があったのか検証が必要です。ただ単に肥満体質をやせさせただけかも知れません。発注手続きの作業が発注者・受注者共に大幅に増加しましたが、以前より工事の品質が向上したとは思えません。発注者のモラルは当然のことであり、公共工事のみに求めるのではなく、民間工事でも守られるものにしなければ意味がありません。

またぞろ景気浮揚対策として公共工事の増大が声高に叫ばれることでしょう。元の木阿弥にならぬように小手先の改革ではなくオーソドックスな入札契約制度を確立することが喫緊の課題です。多くの者が手を上げそうな魅力的なプロジェクトのみ一般競争入札総合評価方式を採用し、その他は指名競争入札で良いと思います。発注者の恣意が入らない指名の方法を考えれば済むことです。手続きが簡便で、工事の品質も安心できる指名競争入札の良さを再評価することを提案します。


  (2008.12.1 記載)   
前のページ
inserted by FC2 system