建築の設計


瀧口信二

前回の「建築の企画」で建築生産における企画業務の内容とフローについて記述し、最寄の可部駅周辺をモデルにケーススタディを試みました。まだ初歩的な提案ですが、少しずつ充実させていきたいと思います。
今回は、企画の後に作業する設計段階について、私の経験を踏まえてアプローチしたいと思います。

建築設計の内容

企画の段階でまとめられた建築の大枠(設計の与条件等)に基づき、具体的な建築の形に図面化するのが設計の業務です。まず、その設計作業を5W1Hに当てはめることにより、設計の内容を紐解いてみます。

  • Who(誰が)
  • 設計者 一体誰が建築の設計をするのでしょう。設計者と一口に言ってもいろいろな立場の人がいます。大まかに分けると建築家(アーキテクト)と建築技術者とドラフター(図面を書く人)です。建築の設計はこれらの人がチームを組んで行われています。
    建築家はオーナーやゼネコン(元請)等と折衝して基本的な方針を決定し、全体の調整を行うオーガナイザーであり、よくオーケストラの指揮者にたとえられます。
    建築技術者は設計分野における意匠、構造、設備、積算等の専門分野を担当する技術者です。建築は守備範囲が広いので、一人で全てをカバーすることはできません。それぞれの分野を責任を持って担当する技術者で成り立っています。
    ドラフターはもともと図面を書く道具のことですが、いまでは図面を書く人を指します。建築家も建築技術者も図面を書きますが、主に上の人から指示された内容の図面作成を専門に担当します。最近はほとんどCAD(設計製図用のパソコンソフト)が使われているので、若い人や女性が多く担当しています。
    一流の建築家も若い頃は自分で図面を引き、専門分野の技術者として実力を身につけ、経験を積んで全体を取りまとめる建築家の立場にたどり着きます。
    なお、建築家・建築技術者等は1級建築士・構造/設備設計1級建築士等の国家資格の取得が義務付けられています。建築士制度は今年から大幅に改正されており、ここでの説明は省略します。

  • Why(なぜ)
  • なぜ建築家が設計するかといえば、オーナーから設計を依頼されるからです。建築を必要とするオーナーがいなければ、設計はありません。建築の需要は人が生活し、生産するところに生まれます。
    需要と供給のバランスの上に建築家は設計し、生計を立てています。建築は長く地上に存在して地域空間を形成し、人々の感情や心理に影響を与えます。芸術性と実用性を併せ持っており、オーナーの要望に応えると共にアーチストとしての自己実現を目指します。建築を設計することにより、地域の景観に寄与し、社会の発展に貢献できることを誇りとしています。

  • When(いつ)
  • 設計はオーナーの発注環境が整ってからスタートします。敷地が選定され、建築企画が承認され、予算化されて初めて本格的な設計に着手します。
    企画担当と設計担当が同一組織の場合は、企画の段階から並行して設計に着手することがありますが、企画が通らなければ設計段階とはいえません。あくまでも設計のケーススタディ(準備段階)となります。

  • Where(どこで)
  • 設計はどこでなされているかといえば、図面化の作業はデスク上のパソコンや製図板に向かって行います。イメージ作りは頭の中です。現地を調査したり、参考資料を集めたりする中で、徐々に構想が浮かんできます。スケッチを重ねながら、その構想を練っていきます。設計作業の中で一番楽しい時です。

  • What(何を)
  • 設計する中身は何かといえば、これから作ろうとする建物の全容です。その結果を設計図等に表現し、第3者に伝達できるようにします。設計図書は平面図・立面図・断面図・詳細図等の図面と使用する材料や要求する性能等を記載した仕様書等で構成されます。一般的には、設計図書は建築工事・電気設備工事・機械設備工事等の工事の発注区分にまとめられます。

  • How(どのように)
  • 設計図等は建築の内容を第3者に伝えることが目的ですから、相手に合った表現方法を用います。オーナー等に説明する時は、素人でも分かり易いプレゼンテーションに努め、主にパース・模型やCGを使った画像等視覚に訴えるものを用います。契約図書となると、それを用いて施工者達が施工するわけですから、ルールに則った図面を作成し、分かり易さと共に正確さが要求されます。

建築設計のフロー

  1. 建築主のニーズ確認
  2. 発注者 建築企画の段階で十分な検討がなされ、設計与条件として整理されていれば、建築企画書を読めば建築主のニーズが掴めます。
    もし企画担当と設計担当が異なる場合は、設計者は与条件等を文書にしてオーナーに示し、オーナーの意図や要望等を確認しておくことが賢明です。曖昧さを残すと、後のトラブルの元凶となることがあります。

  3. 現地調査
    • 敷地の調査
    • ・企画の段階で調査がなされていれば、その内容を現地で確認し、不足するものがあれば調査を追加します。
      ・周辺環境を掴み、人・車のアクセスと建物の配置、建物の高さと隣地への影響、町並みと建物外観との調和等について検討を加えます。
      ・その土地に建つ意義を見出し、地域に貢献するセールスポイントを探します。

    • 現状施設の調査(建替えの場合)
    • ・現状の施設の長所と短所を見抜き、新築の設計において長所は伸ばし、短所は解決します。特に、残すべき空間や部材等があれば、積極的に設計に反映します。

    • 類似建物の情報収集
    • ・近くに類似建物があれば、足を運び、自分の目で確かめ、良いところは積極的に取り入れます。多くのことに触発され、自分ならこうしようというアイデアが生まれてきます。

  4. 基本設計
  5. 設計
    • 基本構想
    • ・設計与条件を頭に入れて、現地調査や情報を収集する中で、こんな建築にしたいという具体的な形のイメージが湧いてきます。建築家はエスキースを重ねながら、所要諸室のゾーニング・階層割り・平面計画・外観等、建築形態の骨格を決めていきます。

    • 設計コンセプト
    • ・設計上の要点を簡潔にまとめます。建築家として重点を置くポイントを第3者にアピールするものです。建築技術者等のスタッフはこの設計コンセプトを尊重して取組まなければなりません。

    • 配置計画
    • ・人・車・サービス等の流れを検討の上、新築建物のボリュームと隣接建物等との位置関係を考慮して、建物の配置を決定します。

    • 平面計画等
    • ・基本構想で暖めた案をベースに2〜3の計画案を作成し、ゾーニングや動線の観点から使い勝手の良いプランを選定します。
      ・平面計画に基づいて、立面計画・断面計画・構造計画・設備計画等を固めていきます。

    • 概算建築費の算出
    • ・上記4の平面計画等が固まった段階で、過去の集積されたコストデータを活用して、建築工事の概算額を算出します。

    • 建築主の確認
    • ・上記1〜5の作業を終えた段階で、基本設計図書としてまとめ、オーナー等に説明して承認をとります。それから次の実施設計に移ります。

  6. 実施設計
  7. 実施設計 基本設計がオーナーの承認をとるためのものとすれば、実施設計は元請と契約するためのものです。基本設計図から細部の詳細な平面図等を起こし、躯体の骨組みを裏付ける構造図と空間の環境・性能を裏付ける設備図を作成します。
    • 配置図
    • ・建物等と周辺の植栽・舗装・排水等の外構を明示し、敷地内の位置関係と人・車・サービス等の流れを理解させます。

    • 平面図等
    • ・基本設計で検討した平面計画等を基に、各部の収まり等の詳細を詰めていきます。
      ・平面図は各室の間取り等を示したものです。立面図は建物の正面・側面・背面等に分けて、その立ち姿を示します。断面図は平面図を垂直に切って、建築高さ・階高・天井高・床高・地上線等を示します。

    • 構造図
    • ・平面計画等で示された建築の形を構造的に支えなければ、建築は壊れてしまいます。自重や積載荷重の長期にかかる鉛直荷重と地震や台風時の短期にかかる水平荷重に耐えられるように構造計算をし、柱・梁等の断面を決定します。それらの構造図を示します。
    • 設備図

    • ・平面計画で示された各室の環境・性能を満足させるために消費される電力や熱負荷等を算出し、必要とされる設備システムや設備機器等を決定します。それらの設備図を示します。

    • 精算建築費の算出
    • ・実施設計図面から数量等を算出して、それぞれの単価を入れ、諸々の経費等を加えて、工事を発注するための予定金額を決定します。

ケース・スタディ

前回の建築企画で、可部駅前のバス乗り場についてケース・スタディをしました。今回は、その時提案した小さな駅ビルの基本設計をスタディしてみます。

    配置図
    配置図
    可部駅ビル
    可部駅ビル機能図
    パース
    パース
    バス乗り場
    バス乗り場、左側国道、右側の背後が可部駅
  1. 設計コンセプト
  2. ・将来の可部の町の顔を意識しながらも、当面は周辺地域のポテンシャルに似合った簡素な駅ビルとする。

    ・シンプルな平面と構造を持ち、建て替えが容易で再利用が可能なシステムとする。

    ・町民が自由に利用でき、維持管理費、特に人件費の少ない施設を目指す。

  3. 配置計画
  4. ・建物はバス乗り場に面して可部駅敷地側に配置する。
    ・人・車・サービス等のアプローチはバス乗り場側からとする。

  5. 平面計画等
  6. ・平面計画:長方形の均等スパンとし、3mのモデュールを採用する。1階は主に待合・喫茶・コンビニ等の日常的なスペースを配置し、2階は飲食店等の貸し店舗スペースとする。
    ・立面計画:外壁は横引きのALC版とガラスを基調とし、勾配屋根を架けて水平線を強調する。階段室は塔としてシンボル性を高め、四面に大時計をはめる。
    ・断面計画:外壁ALC版の幅60cmを高さのモデュールとし、階高を抑えてコストダウンを図る。
    ・構造計画:鉄骨造とし、柱断面・梁断面それぞれ一種類に統一する。内外壁・床等はALC版に統一する。
    ・設備計画:部屋(入居者)単位に個別のパッケージとする。

  7. 概算建築費の算出
  8. ・鉄骨造2階建て、ローコストの商業建築の?単価を採用し、12万円/?とする。
    ・延面積×?単価=600?×12万円=7.200万円

雑感

2005年の姉歯事件に端を発した構造計算偽装問題は、建築界に激震を走らせました。国民からの1級建築士に対する信頼を失墜させ、自分の住んでいるマンションは大丈夫かと不信感を募らせました。

行政を預かる国土交通省も信頼回復のため、建築確認制度の見直しや建築士法の改正に取組みました。従来の性善説から性悪説に切り替え、諸々の審査を厳しくすることにしました。そのため手続き等に手間と時間がかかり、建築着工が一時滞りました。
事件のたびに場当たり的な対症療法で解決できるとは思えません。今回の一連の改正が良かったかどうかは、時を待たなければなりません。

本来、建築家には道義的な責任があり、高い倫理観が求められます。現実には日本の建築家は社会的な地位も低く、ピンからキリまで建築家と称して仕事をしています。実力をつけないまま設計事務所を飛び出しても、建築士の資格を持っていれば、設計事務所を開設することができます。そういう人達で溢れているような状況では、なかなか職能は確立されません。

建築生産の過程の中で、最も華があり、独創性を発揮できるのが設計行為です。その中心的な役割を果たすのが建築家です。1級建築士の資格を取ったからといって建築家にはなれません。建築家の権威を取り戻し、社会的な認知が得られる仕組みが必要です。そのためには、建築への認識を高め、優秀な建築家を育てていこうという意識が国民の中に芽生えてこなければなりません。


  (2008.10.15 記載)   
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