これまでの経緯
- 2005年9月、建設場所をヤード跡地とする「新球場建設の基本方針について」を公表
- 2005年11月〜2006年1月、現球場跡地利用提案募集(民間事業者から26案提案)
- 2006年5月、広島市民球場跡地利用検討会議が「現球場跡地利用の方向性について(報告)」を提出(26案から11案に絞る)
- 2007年1月〜3月、広島市民球場跡地事業計画案及び事業予定者募集(11案の中から6案応募)
- 2007年8月、広島市民球場跡地事業計画案及び事業予定者選考委員会の選考結果の報告
・最優秀案:該当なし
・優秀案:2作品(平和祈念堂、水な都(みなと)Mother's Stage)- 2008年9月、市が「現市民球場跡地利用の基本方針(たたき台)」を策定
- 2008年9月〜10月、基本方針に対して、市民からの意見を募集
- 2009年1月、市が「現市民球場跡地利用計画」を決定
- 2009年3月、市議会が跡地利用計画関連予算の主要部分を削除
市の手続き
広島市としては、できるだけ情報を公表し、市民等の意見も十分に聞きながら計画を決定したのだから、文句を言われる筋合いはないと思っている節があります。本当にそうでしょうか?事業コンペで最優秀に選ばれた案ならまだしも、優秀2案をいじくって、市民等からの提案を一部盛り込んでお茶を濁した計画は市の職員がまとめたものです。
例えば、コンペで選ばれた丹下氏のように権威のある総合プロデューサーがまとめた計画なら、まだ納得できるかもしれません。市の一見民主的な手続きを踏むことにより、凡庸な計画を押し付けようとする姿勢に憤りさえ感じます。
順を追って、検証してみたいと思います。
- 2005年9月、「新球場建設の基本方針について」を公表 広島駅のヤード跡地に新球場を建設するための基本方針がうたわれているが、後半に現球場跡地の利用について基本的な考え方をまとめている。
- 2005年11月〜2006年1月、現球場跡地利用提案募集 上記の「基本的な考え方」に基づき、民間の活力とノウハウを活用するため、民間事業者からの提案を募集する。また、幅広い意見を集約するため、市民からの意見募集や各種団体及び専門家等からの意見聴取を行っている。
- 2006年6月、「現球場跡地利用の方向性について(報告)」を公表 これらの提案を参考にしながら、跡地利用の方向性を取りまとめるために、「広島市民球場跡地利用検討会議」を設置する。
- 2007年1月〜3月、広島市民球場跡地事業計画案及び事業予定者募集 上記の検討会議で選定された11件の提案者を対象に事業計画案を募集し、6件の応募がある。
- 2007年8月、選考委員会の選考結果の報告
- 2008年9月、「現市民球場跡地利用の基本方針(たたき台)」を公表 優秀賞の2案に対しては賛否両論があり、市民の評価が分かれる。両案共に賑わいが期待できない。特に、平和公園の機能と重なる平和祈念堂については不評である。
- 2008年9月〜10月、基本方針に対する市民等からの意見募集 ・市民等からの意見募集 617件
- 2009年1月、「現市民球場跡地利用計画」を決定 「現市民球場跡地利用の基本方針(たたき台)」をベースに市民等からの意見を一部取り入れて、現市民球場跡地利用計画を策定する。
- 2009年3月、市議会が跡地利用計画関連予算の主要部分を削除 広島市議会の予算特別委員会は、周辺関係者等の理解が得られていないという理由で、2009年度当初予算案に盛り込まれた広島市民球場の跡地利用計画に関する調査費約1.900万円を減額する修正案を可決する。計画の具体的な検討を進めることができなくなる。
基本的な考え方
○年間150万人以上を集客目標とした、新たなにぎわいとなる都市機能の導入・強化
○基町環境護岸や中央公園の既存施設の活用を含めた一体的なにぎわい空間と周辺地域との回遊性を創出
○現球場の活用や除却して新たな利用等、幅広く検討
○新たな集客機能の導入に当たっては、民間の活力とノウハウを活用
今後の進め方として、「民間事業者からの提案を募集、各種団体及び専門家等からの意見聴取、市民意見の募集、議会の議論を経て、新たな集客機能の方向性を取りまとめ、2006年度に利用計画を決定」と書かれている。
・市民・各種団体等からの提案 377件
・民間事業者からの提案 26件
・経済4団体からの提言 1件
2006年3月から5月にかけて3回の検討会議を開催し、「現球場跡地利用の方向性について(報告)」をまとめ、6月に市長に報告する。
この報告書の中に、民間事業者からの26件の提案を評価して、11件を選定している。但し、いずれの提案にも多くの検討課題を付記している。
「広島市民球場跡地事業計画案及び事業予定者応募要項」から、主な提案の条件を下記に抜粋する。
主な提案の条件
○平和公園や周辺地域との回遊性を向上させる
○基町環境護岸や中央公園の既存施設の利活用の取り組み
○応募者である民間事業者が主体となって、施設の建設及び運営を行う
○施設を建設する場合は、都市公園法上の公園施設に限る
○世界遺産である原爆ドーム周辺にふさわしい景観となるよう、高さやデザイン、色彩等に十分配慮
○年間150万人以上の集客が期待できる計画
優秀案「平和祈念堂」より
優秀案「水な都(みなと) 」より
「跡地利用のイメージ」
基本方針(たたき台)より
2007年4月(第2回選考委員会)、各応募者からヒアリングを行い、事業計画案の審議の結果、6件から3件に絞込む。3件の応募者から、具体的な資金計画等の追加資料を求め、最終選考を行うこととする。
5月(第3回選考委員会)、3者から再度ヒアリングを行い、審議したが、結論を持ち越す。
8月に委員長から市長に選考結果が報告される。
・最優秀案 該当なし
・優秀賞 「平和祈念堂」、「水な都(みなと)」
2008年8月、商工会議所から会議所ビル移転を前提とした球場跡地利用策の提案を市に提出する。市は優秀賞の2案と商工会議所の提案を踏まえて、「現市民球場跡地利用の基本方針(たたき台)」を公表する。
ゾーニングの考え方
・緑地ゾーン・・・基町環境護岸に隣接し、原爆ドームの背景となる敷地の西側部分は、優秀賞2案に提案されている市民の森や地球広場等をベースに、緑豊かなオープンスペースを中心とした空間作りを図る。
・賑わいゾーン・・・バスセンター等の商業施設に近接する東側部分は、優秀賞に提案されている「折り鶴保存展示機能」や「レストハウス機能」を中心に、商工会議所から提案された新たな施設を含め、都心としての賑わいの創出を図る。
・各種団体等からの意見聴取 25件
主な意見としては、球場施設の取扱いについて、「解体に反対や部分的に残して利用」が多い。導入機能については、「スポーツ機能」、「劇場・文化発信機能」、「緑地機能」の順に多い。球場をそのままサッカー場として活用すべきという組織的な動きも見られた。
私も意見を投稿した。ゾーニングの考え方には賛成だが、球場取壊しは跡地利用の建設に目途がついてからでよい。導入機能としては平和公園とダブるのではなく、補完し合って一体となるものがよい。平和公園が「ピース」なら、跡地は「ラブ」。
跡地利用計画の具体的な内容は次章による。
市の跡地利用計画
- コンセプト 広島市民が未来に向かって平和を実感し、広島の夢と希望を共有する場。子供からお年寄りまで多くの人々が集い、憩い、楽しみ、夢を感じることのできる空間づくり。
- 緑地・広場機能 平和公園や基町環境護岸の河川空間と一体となった緑豊かなオープンスペース。
- レストハウス機能 休憩・観光案内機能と飲食物販機能を整備。
- 折り鶴保存展示機能 平和への思いを込めて国内外から寄せられる折り鶴を保存・展示する「折り鶴ホール」を整備。
- 球場メモリアル機能 市民球場の歴史を未来に継承するため、外野ライトスタンドの一部等を保存し、活用。
- 商工会議所ビル 老朽化した現商工会議所を移転させ、新商工会議所ビルを球場跡地の東南のエントランス部分に配置。併せて情報発信機能等の導入を検討。
- 劇場・文化発信機能 都市的な賑わいを創出し、多様な人々が交流できる場として、劇場(ホール)機能と文化発信機能の導入を検討。
- 観光バス駐車場等 市が観光バス駐車場と駐輪場を整備。
概ね1万人が集客可能な「市民広場」とその周辺に「市民の森」を整備。
市が2件の優秀賞の応募者と協働して設計し、市が整備する。
休憩・観光案内機能は市が整備。
飲食物販機能は優秀賞の「森のパビリオン」を提案した者が整備。
優秀賞の「平和祈念堂」を提案した者が整備。
市が整備。
商工会議所が整備。
劇場機能の事業主体は今後、市と商工会議所等において検討。
文化発信機能は映像文化ライブラリーや青少年センターの更新時期を睨んで、市が整備。
問題点及び今後の始末
- 問題点 市の手続きの中で一番の問題は、2005年11月〜2006年1月に球場跡地利用提案(アイデア)を市民と民間事業者から同時に募集し、その後の事業コンペの参加者を応募した26件の民間事業者から選定した11者のみに限定したことです。市民等からの提案がほとんど無視されてしまいました。
- 今後の始末 市は一度これまでの経緯を総括し、事業コンペの結果もご破算にする勇気を持ってもらいたいと思います。
事業コンペの提案条件に都市公園法と事業性の相反する制約をかけたため、1次提案の延長線で斬新なアイデアが生まれてこなかったし、各応募者の提案内容もバラバラでした。コンペをする場合は、もう少し条件を整理して、同じ土俵で競争させなければ、適正な競争はできません。
その結果として最優秀賞が選べず、優秀賞2件を選定して、その2案の折衷にこだわり過ぎました。全く別の案を足して2で割って、良い案になるはずがありません。
選考結果を公表して1年後(2008年9月)に、市は基本方針を策定して、再度市民等からの意見を公募しました。市民の理解が得られないため、ガス抜きをしているとしか思えません。
優秀賞案をベースになんとか計画をまとめたいという市の気持ち(メンツ)は分かるが、形だけの市民の声を反映させようとすればするほど、市民の心は離れていきます。
広島市は二重、三重のミスを重ねています。多くの時間と多くのエネルギーをかけながら、まとめ切れなかった市の責任は重大です。素直に反省して、初心に戻ることが求められます。
各界の要望や提案を踏まえて、2006年5月に広島市民球場跡地利用検討会議がまとめた「現球場跡地利用の方向性について(報告)」に立ち返ります。ここに跡地利用の基本的な考え方が網羅されています。
この時点から次の事業コンペに移る段階で、より具体的なイメージを固める必要があります。美辞麗句のスローガンの羅列ではなく、市として何が欲しいのか跡地利用のテーマを明確に設定しなければ、前に進みません。
有識者による委員会に委ねるのも一つの方法ですが、最後は市の決断です。検討の結果、今年1月に市が策定した「現市民球場跡地利用計画」に近いものになるかも知れません。
導入する機能と規模と概算予算等を民間事業者の提案に委ねるという同じ轍を踏むことは許されません。広島市と商工会議所等の発注する側の者が十分な協議を行い、事業コンペの条件を整理した上でコンペを実施します。その際、民間の資金やノウハウを活用するPFI等の調達方式を選択する手法もあります。
頭を冷やして、こじれた糸をほぐし、市民のみんなが夢を持って待ち焦がれる跡地利用計画が実現することを願って止みません。
跡地利用のあるべき姿
市の策定した跡地利用計画が全くの的外れだとは思いません。基本的な考え方等は正論です。ただ、進め方(プロセス)に市民意識とのギャップがあり、市民の反発を食らってしまいました。また、キャッチフレーズに「広島の夢と希望を共有する場」と謳っているわりには、夢と希望を与えるインパクトがありません。それは、この計画案がいろいろな人のアイデアを寄せ集めただけで、一本筋の通ったコンセプトが無いからです。ここでは跡地に求められるもの・あるべき姿について私論を述べたいと思います。
- 平和公園に足りないもの
- 跡地エリアの土地利用 跡地は平和公園につながる中央公園の一角に位置し、バスセンターや百貨店等の商業施設に隣接しています。また、跡地周辺に体育館・図書館・美術館・こども文化科学館・青少年センター等の公共的な文化施設が集中しています。
- 求められる機能 都市公園法上の公園施設という制約の中、跡地に求められる機能として、「平和公園を補完するもの」と「周辺の文化施設と連携できるもの」に絞り込みます。
- 平和公園を補完するもの 平和公園が「静」なら「動」、「死者への鎮魂」なら「生きている喜び『祭り』」、「過去を学ぶ」なら「今を学ぶ」。
- 周辺の文化施設と連携できるもの 既存の文化施設と連携できる機能として最適なものは文化の教育。市民を対象にしたカルチャースクール。「学び」と「発表」の場を用意する。
- コンセプト ・平和公園で過去の歴史を学び、跡地は未来の平和を創造する場、「市民の生涯学習キャンパス」である。
- 導入機能 ・カルチャースクール、緑地・広場、レストハウス、劇場(ホール)、観光バス駐車場、駐輪場、商工会議所ビル他。
原爆死没者慰霊碑
墓所の周りでは、はしゃぐこともできないし、観光客に圧倒されて市民は片隅に追いやられています。市民と観光客との交流が明日の平和の創造に有意義だと分かっていても、平和公園にはその場がありません。
跡地を公園(広場)にして既存の文化施設とつながる仕組みを作るだけでも、貴重な空間となり得ます。
平和公園が「平和」なら「愛」、跡地と平和公園が一体となって「ラブ・アンド・ピース」を実現する。
カルチャースクールと既存の文化施設、このエリア全体をキャンパスとみなし、市民広場を中心とした一体的な利活用を図る。
・観光客も地元の人も、誰でも利用できる開かれたキャンパス。
・広々とした市民広場に周りの文化施設と一体となったキャンパス。
・基本的な考え方、ゾーニング等は市の利用計画案と大差はない。違いは主テーマを「市民の生涯学習キャンパス」と明確に打ち出すところだけ。
雑感
(折り鶴ホールについて)原爆の子の像
折り鶴祈念堂に象徴される第二平和公園の発想です。この案には賛成しかねます。多くの市民も首を傾げました。この優秀賞から折り鶴保存・展示機能を取り出して、市の計画案に採用しています。
折り鶴の展示は、サダコ・ストーリーを祈念した平和公園の「原爆の子の像」があります。同じ機能を跡地に設けることは「原爆の子の像」の価値を削ぐことになるので、避けねばなりません。
もし折り鶴の保存・展示機能を導入するならば、シンボルとしてではなく、カルチャースクール等の一角にそれとなく配置させることを推奨します。
世界各地から届けられる折り鶴の圧倒的なボリュームをアピールしたいという市長の強い意向があると聞きますが、それは別の解決策を考えれば済むことです。但し、すべての折り鶴を保存し続けることには疑問を感じます。むしろ供養塔を設けて、期限が過ぎれば大事に処分される方が折った人達の心情に沿うものと思います。
(球場メモリアル機能について)
市民球場正面
市民球場の記憶を残すというなら、球場の正面のファサード(姿)ではないでしょうか。跡地利用のゲートとして外壁(薄皮一枚)だけでも再利用できます。現在、一時的に折り鶴の保存・展示に利用されていますが、評判がよければ、恒久的な球場と折り鶴の保存・展示場として活用することもありうると思います。
(集客能力について)
年間150万人以上の集客が事業コンペの提案条件の一つとなっています。市の計画案に対しても、地元商店街等から集客が期待できないという批判が出ています。
人が集まればよいというものでもありません。平和公園と中四国最大の商業地に隣接する都市空間として品格が備わっていれば、結果として客が集まってきます。集客を前面に打ち出すのは品が悪くなるので、控えることにしましょう。
(終わりに)
市の球場跡地利用計画に市議会が待ったをかけて2ヶ月になるが、こう着状態が続いています。
市は3年余の決定手続きの正当性を主張して一歩も引かないスタンスのようです。手続きが正当でも内容に問題があれば、見直しをするのが当然です。
市は事業コンペで選考した2件の優秀賞に拘っています。優秀賞を破棄すれば、事業コンペの意義が問われるし、優秀賞の応募者から損害賠償を求められることを恐れています。
そんな市のメンツのために、凡庸な計画を押し付けられるとすれば、市民こそいい迷惑です。市は勇気を持って事業コンペをリセットし、事業内容を固めた上で再度コンペを実施すべきです。誰も文句の付けようのない最優秀賞を選んで、新市民球場のようにみんなから喜ばれる跡地利用計画を実現して欲しいものです。
(2009.6.1 記載)