瀧口信二
設計段階でVE(バリュー・エンジニアリング)を用いて、設計の中身を高め、設計内容を発注者(オーナー)に説明して了解を取ります。Goサインが出れば、次のステップは施工者の選定です。
民間建築の場合は、出入りがあり信頼の置ける施工者(ゼネコン)等に特命でお願いしたり、数社から見積りを採って一番安い者を選んだりしていますが、透明性・公平性・客観性が問われる公共建築ではそうはいきません。
今回は、最近の公共建築において一般的に採用されるようになった総合評価落札方式について記述したいと思います。
総合評価落札方式の内容
総合評価落札方式は、一般競争入札等において入札参加者から技術提案等を求め、提案内容と入札価格を総合的に評価して施工者を特定する方法です。価格だけによる競争ではなく、施工者としての適正・能力等を重視します。公共建築の施工者選定の過程において5W1Hを当てはめ、総合評価落札方式を紐解いてみます。
- Who(誰が)
発注者が施工者を選定するツールの一つとして総合評価落札方式が採用されています。
発注者は建築工事の規模・金額・難易度等を勘案して、有資格業者登録名簿のランクを決め、会社や技術者の施工実績等の参加資格要件と技術提案等の評価項目を設定します。
入札参加希望者は参加資格要件を満足していることを明示した必要書類と技術提案書を提出し、発注者が審査のうえ総合評価をして施工者を特定します。
- Why(なぜ)
従来、多くの公共発注機関では指名競争入札により施工者を選定していたが、厳しい財政事情により公共投資が削減され、さらに景気低迷により民間工事も冷え込み、価格競争が激化してダンピングが横行するようになりました。
結果として、低価格の入札は手抜き工事の発生や下請業者への低賃金等のしわ寄せが顕在化し、公共工事の品質の低下が危惧されるようになりました。
そこで、公共工事の品質を確保するため、価格だけによる競争ではなく、施工者の技術的な能力等を適正に審査し、価格と技術力を総合的に評価する落札方式が採用されることになりました。
- When(いつ)
施工者を選定する際に採用される総合評価方式なので、一般的には設計が完了し、工事の発注準備ができた段階で実施されます。
- Where(どこで)
発注・契約手続きと提案書の審査等は発注者サイドで、提案書の作成等は参加希望の施工者サイドで行います。
- What(何を)
適正な価格で安心して工事を任せられる施工者を選ぶのが目的だから、類似建物の施工実績があり、従事する技術者の能力と施工体制が整い、提案課題に対して的確に答えているか否かを審査します。
入札参加者は入札価格と合わせて、施工者の経歴・実績、施工チームの能力・編成等の書類と当該工事に求められた技術的な提案課題に対する提案書等を提出します。
- How(どのように)
まず参加資格要件・技術提案評価項目等を公示し、参加希望者から提出された書類及び技術資料等を審査して参加資格者を確認し、その者が入札に参加します。
資格者確認の際、場合によってはヒアリングを行い、施工者としての技術力・経験・取組意欲等を審査します。入札価格と提案内容等の審査の結果を総合的に評価して落札者を決定します。
発注者側は客観的な評価基準の下に、公正な審査を行い、選定プロセスの透明性を高めることが求められます。
総合評価落札方式のフロー
- 総合評価方式の適用を決定
公共工事は全て総合評価方式でなければならないということではない。
技術的な工夫の余地の少ない工事等は技術提案の課題設定が難しく、評価しても差が生じにくい。また、手続き等に手間と時間を要するので、工事の規模・内容等を勘案して、総合評価方式の適用を検討する。
工事の難易度、技術提案の内容等に応じて、簡易型・標準型・高度技術提案型等の総合評価の方式が用意されている。なお、小規模な工事等は総合評価方式を適用しなくてもよい。
- 評価項目の選定と評価基準の設定
一般的な技術評価は、企業や配置予定技術者の施工能力で、施工実績や工事成績評定点等の過去の経験を審査する。必要に応じてヒアリングを行い、技術者の経験・知識や施工する工事についての理解等を審査する。
技術提案の評価は、工事の特性に応じたテーマを設定し、施工計画、施工上の安全対策や環境配慮等の提案、品質向上のための耐久性やライフサイクル・コスト等の提案を求め、施工者としての創意工夫や取組意欲を審査する。
評価基準は、客観的に評価できるよう可能な限り具体的に明示する。また評価点数に差が出るよう評価項目の配点にメリハリをつける。
・工事発注の公示の時点において、評価項目・評価基準・配点等を明記する。
- 評価方法の決定
評価方法には加算方式と除算方式がある。評価方法の違いにより評価の順位が変わるので、事前にどちらの方式にするか決めておく必要がある。
・加算方式は、入札価格を点数化した価格評価点と価格以外の要素を点数化した技術評価点を足して評価値を算出する。
評価値 = 価格評価点 + 技術評価点
・除算方式は、価格以外の要素を点数化した技術評価点を入札価格で割って評価値を算出する。
評価値 = 技術評価点 / 入札価格 = (標準点+加算点) / 入札価格
・価格評価点に対する技術評価点の配分の仕方によって、価格競争に重きを置くか技術競争に重きを置くかが決まる。
- 技術提案の審査
事前に定められた評価基準に基づき、技術審査委員会で審査する。
企業や配置予定技術者の施工実績や工事成績評定点等の審査は、発注者支援データベース・システムを活用する。
工事特性に応じた施工計画、施工技術、品質向上等の技術提案は、学識経験者や専門分野の技術者を審査委員に加えて、課題に対する提案の的確性・実現性等を審査する。
- 総合評価による落札者の決定
技術審査委員会で議論した上で、評価項目を判定し、評価方法により評価値を算出する。
順位を決め、最上位を落札者とする。
ケース・スタディ
これまで建築生産のプロセスでモデルにした可部駅ビル(仮想)の施工者の選定を総合評価落札方式を用いてスタディしてみます。
- 工事概要
- 所在地 : 可部駅構内
- 建物規模 : 鉄骨造2階建て、延べ床面積600?程度
- 予定価格 : 9.000万円
- 工期 : 2010年10月〜2011年3月末
- 公示等の概要
公示や入札説明書に工事の内容・競争参加資格・入札方法・技術提案等の提出を求める技術資料の内容等を明記し、HP・広報誌等に掲載する。
- 競争参加資格
・国土交通省の有資格業者登録名簿の建築工事Cランクの者
・市内に建設業法に基づく本社が所在する者(地元中堅業者)
・同種・類似建物の工事を請負った実績を有する者
・参加希望者は、競争参加資格確認申請書・同種工事の施工実績・主任(監理)技術者等の資格及び工事実績・工程表・施工上配慮すべき事項に係る技術的所見の資料を提出する。
- 総合評価に関する事項
・落札者は総合評価によって得られた評価値の最も高い者とする。
・総合評価の方法は加算方式とする。
- 評価値 = 価格評価点 + 技術評価点
- 評価点の配点 : 価格評価点=100点、技術評価点=20点
- 価格評価点 = 配点×(1−入札価格/予定価格)
・技術評価点は下記の評価項目及び評価基準に基づいて算定した評価点の合計とする。
評価項目 | 評価基準 | 配点 |
(簡易な施工計画) | | |
工程管理に係る 技術的所見 | 考慮すべき事項が適切に記述 | 5.0 |
一般的な記述 | 0.0 |
施工上配慮すべき 技術的所見 | 考慮すべき事項が適切に記述 | 5.0 |
一般的な記述 | 0.0 |
(企業の施工能力) | | |
同種・類似工事の 施工実績の有無 | 同種工事の実績あり | 2.0 |
類似工事の実績あり | 0.0 |
過去の工事成績の 平均点 | 80点以上 | 2.0 |
70点以上80点未満 | 1.0 |
70点未満 | 0.0 |
(配置予定技術者の能力) | | |
主任(監理)技術者の 保有する資格 | 1級建築施工管理技士または1級建築士 | 2.0 |
上記以外の建築施工に係る資格 | 0.0 |
主任(監理)技術者の 施工経験の有無 | 同種工事の実績あり | 2.0 |
類似工事の実績あり | 0.0 |
過去の主任(監理)技術者の 工事成績の平均点 | 80点以上 | 2.0 |
70点以上80点未満 | 1.0 |
70点未満 | 0.0 |
- 技術審査委員会
・審査委員5名の技術審査委員会を設置し、委員長は外部委員(学識経験者)から選任する。
・技術審査委員会は評価項目の選定と評価基準の設定時、技術提案の審査時、総合評価による落札者の決定時に開催する。
- 技術提案の審査
競争参加者が3社あり、評価項目を評価基準に従って採点する。(詳細は省略)
審査結果を下表に示す。
| 評価項目 | 配点 | A社 | B社 | C社 |
簡易な施工計画 | 工程管理上の技術的所見 | 5.0 | 3 | 3 | 3 |
施工上の技術的所見 | 5.0 | 0 | 5 | 3 |
企業の施工能力 | 同種・類似工事の施工実績 | 2.0 | 2 | 2 | 0 |
過去の工事成績 | 2.0 | 0 | 2 | 1 |
配置予定技術者の能力 | 主任(監理)技術者の資格 | 2.0 | 0 | 2 | 2 |
主任(監理)技術者の施工経験 | 2.0 | 2 | 2 | 2 |
過去の主任(監理)技術者の工事成績 | 2.0 | 1 | 1 | 2 |
技術評価点 | | 20.0 | 8 | 17 | 13 |
- 総合評価による落札者の決定
価格評価点 = 100 × (1−入札価格/90千万円)
価格評価点と技術評価点を加算し、評価値が最高位のB社を落札者とする。
評価結果を下表に示す。
| A社 | B社 | C社 |
技術評価点 | 8 | 17 | 13 |
入札価格 | 80千円 | 85千円 | 83千円 |
価格評価点 | 11.1 | 5.6 | 7.8 |
評価値 | 19.1 | 22.6 | 20.8 |
順位 | 3 | 1 | 2 |
落札者 | | ○ | |
雑感
総合評価落札方式が導入されて6〜7年が経過し、地方の自治体でも採用され始めています。この方式で問題の全てが解消されるとは思いませんが、一歩前進ではないでしょうか。
公共工事の発注を巡っては談合、汚職、政官業の癒着等々、繰り返し何度も問題が発覚し、建設業全体がダーティな印象を国民に与えていました。いつまでもこれではいけないということで、2005年4月から「公共工事の品質確保の促進に関する法律」(品確法)が施行されました。
この法律の核として、価格競争から総合評価方式へ転換を図ることが謳われています。価格と技術力を競わせることにより、民間のノウハウを引き出し、工事の品質を向上させ、建設業者の育成にも寄与し、不良不適格業者を排除して建設業の健全化を図る狙いがありました。
品確法が導入されて建設業に関わる人達の意識も変わりつつありますが、今の建設業は全体のパイが縮小して青息吐息です。健全な業者が行き詰って倒産したり、他分野への転換を余儀なくされています。人口減少・少子高齢化・低経済成長時代に突入し、過渡期の傷み・軋みが生じているのかもしれません。
この変革期をいかに乗り越えるか、いかに健全な業者が生き残れるか、が建設業界全体の最大の課題と言えましょう。
(参考資料:国土交通省の「総合評価方式使いこなしマニュアル」)
*ちょっとコーヒーブレイク : 『野辺に咲く花』
(2010.5.15 記載)
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