設計VE(バリュー・エンジニアリング)


瀧口信二

設計者が公募型プロポーザル方式で選ばれ、設計が進められます。その段階で、設計者自ら試行錯誤しながら各種のアイデアを比較検討し、設計の中身を詰めていきます。
基本設計を終えた段階で、発注者の了解を得るために説明(プレゼンテーション)を行いますが、できればその前に設計VEを行うのが望ましいと言われています。
設計者は自分たちの選択した決定事項を最善のものと拘りがちです。そこで、第3者のチームが冷静な目で客観的に設計内容を評価し、改善提案を設計者に投げかけます。この作業を設計VEと呼びます。
今回は、最近の公共建築において一般的に採用されるようになった設計VEについて記述したいと思います。

設計VEの内容

設計VEは、現設計に対して機能とコストの視点から改善提案を行い、建築価値の向上を図る方法です。コスト管理の手法としても活用されています。公共建築の設計過程において5W1Hを当てはめ、設計VEを紐解いてみます。

  • Who(誰が)
  • 会議 設計VEを導入するか否か又VEメンバーを誰にするかは発注者が決めますが、実施するのはVEチームです。
    設計チームが設計した内容に対して改善提案をする作業だから、VEチームのメンバーは設計者と同等以上の見識と技術力が求められます。
    故に、設計内容及び提案範囲に応じた各分野の専門家をメンバーとして選任します。

  • Why(なぜ)
  • 設計者が設計したものを別の立場・視点で審査することは、これまでも行われていました。設計チームの上司が審査したり、積算担当者が図面上の不備を指摘したりしていましたが、設計チームの延長線上のチェックでしかありません。。
    第三者の意見を反映させるために、設計チームと対等のVEチームを編成して、機能向上とコスト低減の視点から組織的に取組むのが設計VEの狙いです。
    コストパフォーマンスを最大化させることがVEの目標です。

  • When(いつ)
  • VEは建築生産のプロセスの各段階で活用されていますが、一般論としてプロセスの川上段階ほど効果が上がると言われています。
    設計の段階でも実施設計を終えてから行うより、基本設計終了時の方が手戻りが少なく、よりVE効果が期待できるものと思われます。

  • Where(どこで)
  • 一般論として、VE作業はどこでも可能と思われます。敷地との関係が深い場合は、建設現場を確認後、現場近くの会議室を借りることもあります。設計者からの説明を重視する場合は、設計事務所の会議室を使用することもあります。一般的には発注者サイドの会議室を使用するケースが多くみられます。

  • What(何を)
  • プロジェクトの設計のコストパフォーマンスを高めることが目的だから、設計の中身を吟味し、機能とコストの両面から改善を提案します。
    VEチームの各担当者よりアイデアを出し合い、デスカッションすることにより意見を集約していきます。

  • How(どのように)
  • バリュー(価値)=機能 / コストと定義されます。バリューを高めるためには機能を高めるか、コストを下げるしかありません。
    まず、現設計の機能を明確にし、そのコストを把握する必要があるます。次に、代替案の機能とコストの増減を計算し、定義の式に当てはめ、バリューの大小を評価します。
    肝心なことは自由な発想で、どれだけ多くの代替案が出せるかです。その代替案を客観的に評価できるか否かです。
    VEの特徴は、組織的に手順を追って改善提案の作業を進めるところです。

設計VEのフロー

    設計VE
  1. VE対象テーマの選定
  2. VE対象の選定は、一般論として当該プロジェクトの設計内容等を勘案して、VE効果の高いもの、即ちコスト低減と品質向上が期待できそうなものを選定します。
    また、地球環境問題等の社会の要請に応えた省エネ・省資源・リサイクル等のテーマを選定したり、工期の制約等のプロジェクト独自の条件に応じた工期短縮・安全性等のテーマを選定することもあります。
    VE対象のテーマに通じた専門家をメンバーに加えて、VE作業を進めます。

  3. 機能の定義
  4. 設計の内容を十分に理解した上で、選定されたテーマに関連する情報を収集し、多面的なアイデアが出せる環境を整えます。
    テーマ別の各機能を整理し、できるだけ分かりやすい言葉で定義します。機能を名詞と動詞だけで簡潔に表現することにより、発想を広げてアイデアを出しやすくします。

  5. 機能の評価
  6. まず、現設計のテーマ毎に機能分野別の現行コスト把握に努めます。コスト把握が困難な場合は、客観的な性能数値等にします。
    次に、機能分野別の目標コストを設定し、現行コストと比較検討することにより、VE対象の機能分野の重要度や優先順位を決めます。
    この目標コストは要求される機能を果たすための最低コストとされますが、これを設定するには経験と勘が求められます。

  7. 代替案の作成
  8. ・アイデアの発想・・・VE対象テーマの機能分野別に自由な発想でアイデアを出し合う。先入観や固定観念を払拭することが大事。
    ・概略評価・・・提案された個々のアイデアを技術面とコスト面から概略的に評価し、ふるいにかける。
    ・代替案の作成・・・採用されたアイデアのメリット・デメリットを整理し、アイデア同士を組み合わせたり、見直したりして、実現可能な代替案にまとめる。
    ・詳細評価・・・代替案に沿った概略の試設計をし、概略コストを算出してVE効果を確認する。最終的な代替案を選定するための評価。
    ・提案の取りまとめ・・・詳細評価の結果を踏まえ、VE提案書として取りまとめる。

  9. VE審査
  10. VE提案書に基づき、発注者が主催する設計者を交えたVE審査会で提案の採用の可否を検討します。

ケース・スタディ

これまで建築生産のプロセスでモデルにした可部駅ビル(仮想)の基本設計に対して設計VEを行い、設計内容の改善提案の手順をスタディしてみます。

    配置図
    建物配置図
    可部駅ビル
    建物機能図
    パース
    建物パース
  1. 基本設計の概要
  2. 1.工事場所 : 可部駅構内
    2.建物規模 : 鉄骨造2階建て、延べ床面積600?程度
    3.工事予算額 : 9.000万円(内訳:建築7.500万、電気・機械共に750万)
    4.予定工期 : 2010年秋〜2011年3月末工期
    5.外部仕上げ : 外壁は化粧用ALC版(横使い)、屋根は塩ビ鋼板

  3. 設計VE対象テーマの選定
  4. ・利用者の出入りの多い駅構内が現場ということで、安全管理と工期短縮をテーマとする。
    ・地球環境に優しい建築を目指して、省エネ・省資源・リサイクル等をテーマとする。
    ・VEチームのメンバーとして、現場施工に強い方と建築の環境問題に造詣の深い有識者を加える。

  5. 機能の定義
  6. ・「安全管理と工期短縮」の機能を「現場作業を少なくする」と定義する。
    ・地球環境に対しては多分野に亘るが、ここでは代表例として「再利用する・再利用できる」と定義する。

  7. 機能の評価
  8. ・基本設計における「現場作業を少なくする」機能(=100)に対するコストを100と仮定する。
    ・基本設計における「再利用する・再利用できる」機能(=100)に対するコストを100と仮定する。

  9. 代替案の作成
    • アイデアの発想
      • 「現場作業を少なくする」機能
      • ・仕上げ材料・製品等は既製品・市販品を使用する。
        ・材料・部材等の加工・組立は工場で行う。
        ・湿式工法は乾式工法に変更する。

      • 「再利用する・再利用できる」機能
      • ・現場発生のガラ・残土等は現場で再利用する。
        ・モジュール寸法を決めて材料・部材等の切れ端・ロスを少なくする。
        ・解体しやすい接合部等の納まりとし、解体後も再利用しやすい材料・部材等を使用する。

    • 概略評価
    • ・自由な発想の中には、単なる思い付きや突拍子もないアイデア等も含まれている。
      ・それらのアイデアを否定するのではなく、今の時点で現実的か否か、技術的・経済的視点で評価する。
      ・ここでは省略

    • 代替案の作成
      • 「現場作業を少なくする」機能
      • ・内外部の建具類は既製品を使用する。
        ・外壁はサッシュと化粧用ALC版を組み込んだユニットのパネルとして、工場で製作する。
        ・一部間仕切りに採用されているCB積み(モルタル塗りの上、ペンキ塗り)はALC板(ビニルクロス張り)に変更する。

      • 「再利用する・再利用できる」機能
      • ・現場発生のガラ・残土等の場外搬出は現場に仮置きし、埋め戻しに再利用する。
        ・平面・断面の寸法として、1メートルの基準寸法を90cmとし、既製品を使い易くする。
        ・鉄骨・金属等の接合は溶接を止め、ボルト締め方式にする。

    • 詳細評価
    • ・具体的に検討された代替案について、機能とコストを試算して、現行案との価値の増減を比較する。
      ・価値の向上が見込める案を採用
      ・ここでは省略

    • 提案の取りまとめ
    • ・詳細評価の結果、上記の代替案を採用することとし、VE提案書として取りまとめる。
      ・VE提案書には、基本設計案と改善案の比較、コスト低減額等を明示する。

雑感

大手の設計事務所では社内の設計案件に対して組織的に審査する体制が整っています。デザイン・レビューと呼ばれ、設計VEと類似した作業を行っています。
審査する側のメンバーは社内における各分野の経験豊かなベテランで構成されています。ベテランは社風にどっぷり漬かっているから、その枠からはみ出すことはできません。その社らしいデザインとしての統一感・安心感を与えるメリットがあります。

一方、設計VEの方は設計チームから離れた別組織の専門家が集まって審査します。ブレインストーミング方式で、自由な発想で自由な意見交換をすることにより、幅広い可能性を追求します。
「3人集まれば文殊の知恵」という諺がありますが、同じ考え方を持ったグループより、異文化の集まりの方が斬新なアイデアが生まれる可能性が高まります。

VEは設計分野だけでなく、多方面で活用されています。製造業においては、新製品の開発とか、製品にクレームが生じて改善の対策を講じなければならない時など、VEが効果を上げています。
今流行の行政における事業仕分け等にも最適ではないかと思います。役所が作った予算案に対してクレームをつけるのではなく、皆で知恵を出し合って改善させていく作業はVE活動そのものです。

VE活動をもっと世の中に広げて、絶えず身の回りの環境を改善していきながら、少しでも住みよい社会に変えて行きたいものです。

*ちょっとコーヒーブレイク : 『政治の世界

  (2010.2.15 記載)   
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