建築生産におけるツール


瀧口信二

これまで建築の企画から完成、施設の運営・管理、解体・撤去までの建物のライフサイクルに沿って、建築生産の業務内容を紐解いてきました。
これからは視点を変えて、建築生産の各段階におけるマネジメント手法やツール等について探っていきたいと思います。
今回は、そのガイダンスです。

建築生産プロセスとツール等

  • 企画
  • まず資金調達の可能性を探るために予算額の大枠を掴まなければなりません。土地の評価額、類似施設のコスト情報等を参考に建物を取得するための所要金額を算出し、費用対効果等の事業性の可否を検討します。そのためのツールとしては、土地及び建物のコスト情報、建物概算コスト手法、VFM(バリュー・フォー・マネー)等を利用します。
    土地を絞込み、必要な施設の性能・機能を整理して、建物の規模・構造を設定します。そのためには土地選定手法、面積算定手法等を用います。
    敷地の立地条件、建物用途、諸室の所要面積、予算額等が設計の与条件となります。

  • 設計者の選定
  • 民間の場合、馴染みの設計事務所があれば、そこに特命で依頼するのが普通です。設計事務所の実績等を調査して2・3社を指名し、見積りを徴収し、ヒアリングして1社に特定する方法もあります。
    公共発注の場合は、透明性・公平性・競争性等、説明責任が問われるので、公募型プロポーザル方式等の採用が普及しつつあります。広く参加希望者を募り、客観的に組織の技術力、提案内容等を総合評価して設計者を特定します。
    官民を問わず、設計事務所の規模・陣容・得意分野・設計実績等のデータベースが必要とされます。

  • 設計
  • 設計 発注者から示される設計の与条件・基本構想に基づいて、設計者は順次、基本計画・基本設計・実施設計をまとめていきます。
    設計の各段階で建築コストを算出し、設計内容と建築コストについて発注者の了解を得ながら作業を進めます。
    設計段階では、用途別の建築設計資料集、標準詳細図、標準仕様書等を参考に設計図書を作成します。建築コストは、建築数量積算基準、建設物価版、見積り書式等の積算資料を用いて算出します。
    なお、設計のある段階でデザイン・レビューを行い、代替案との機能・コスト分析により、設計価値の最大化を目指す設計VE(バリュー・エンジニアリング)が導入されています。

  • 施工者の選定
  • 施工者選定も設計者選定と基本的に同様です。民間発注の場合は、馴染みのゼネコンがあれば、特命のこともありますが、一般的には数社を指名して競争入札により施工者を決めます。
    公共発注の場合は、以前は指名競争入札が主流でしたが、最近は一般競争入札が広まっています。一般競争入札は談合抑制の効果がある反面、ダンピング(低入札)が多発し、品質低下を招く恐れがあります。そこで、入札金額だけで決めるのではなく、金額と技術力等を加味した総合評価方式による選定に移行しつつあります。
    公共の場合は、施工業者の規模等のランク付けをするため、工事業種ごとに工事等請負有資格者登録名簿を作成しています。

  • 施工
  • 施工 施工は発注者と請負契約をする元請(ゼネコン)とその下請業者等が協力して行います。
    元請は主に仕事の段取りと総合調整を担い、下請業者と協力業者等を束ねて、安全管理・品質管理・工程管理・コスト管理を全うしていかなければなりません。
    元請が段取りした環境の中で、実際に現場で施工するのは下請業者等です。施工中は施工者の自主施工管理を前提に、各施工の節目毎に発注者サイドの検査を受けながら工程を進めていきます。
    現場での安全管理・品質管理・工程管理・コスト管理等のために各種のツールがありますが、現場が一つの組織として有機的に機能するためには、全社的な品質管理TQC(トータル・クオリティ・コントロール)を推進させることが求められます。

  • 完成検査・引渡し
  • 検査 施工者から完成報告を受けて、発注者が完成検査を行います。検査に合格すると、施工者から発注者に引渡され、建物の所有権が発注者に移ります。
    ツールとしては、工事検査要領、設備等の総合試運転調整要領、完成建物引渡し書等、発注者側・施工者側の各種のマニュアルがあります。
    施工者は建物の維持管理のための手引書を作成し、発注者側の施設担当者に維持管理のノウハウを伝達します。

  • 維持保全
  • 点検 建物の引渡しを受けた後は、発注者側の責任において建物の適正な管理運営をしなければなりません。
    建物を健全に維持していくためには定期的な点検と修繕が欠かせません。特に設備機器には耐用年数があり、故障する前に整備・交換等の処置が必要となります。
    部分的な修繕で負えなくなれば、大規模な改修や改築を行うことになります。
    ツールとしては、施設の点検・診断要領、修繕措置判定手法、施設カルテ(履歴)等がありますが、施設を企業の経営戦略として有効利用の最適化を目指すFM(ファシリティ・マネジメント)が注目されています。

役割・業務分担と主なツール

生産プロセス発注者設計者施工者主なツール
建設担当管理担当設計者監理者ゼネコンサブコン
企画VFM
設計者選定公募型プロポーザル方式
設計設計VE
施工者選定総合評価方式
施工TQC・TQM
検査・引渡し
維持保全FM

(凡例)◎:主体者、○:主体者の相手方、△:主体者のサポート役

  • VFM(バリュー・フォー・マネー)
  • VFMは、「支払い(マネー)に対して最も価値の高いサービス(バリュー)を供給する」という考え方です。
    したがって、評価する要素は「支払い(ライフサイクル・コスト)」と「サービスの価値」です。二つの事業を比較して、サービスの価値が同じなら、ライフサイクル・コストの少ない方がVFMは高くなります。
    ライフサイクル・コストは仮定すれば、割合簡単に計算できますが、サービスの価値の方はそうはいきません。故に、一般的にはサービスの価値を同等にして、ライフサイクル・コストの大小でVFMを評価します。

  • 公募型プロポーザル方式
  • 設計者選定の方法として主に公共建築において採用されています。
    設計実績・建築資格者数等の条件をあらかじめ設定して参加希望者を募り、書類審査のうえ5者程度に絞込み、その者に設計者としての取組み方針等の提案を求め、ヒアリング等を行って総合的に評価し、設計者を特定します。
    設計者の設計報酬額の多寡による競争入札や設計成果物を求める設計コンペの欠点を補う方法として導入されました。

  • 設計VE(バリュー・エンジニアリング)
  • VEは、「製品やサービスの価値を、それが果たすべき機能とそのためにかかるコストとの関係で把握し、システム化された手順によって価値の向上を図る手法」(日本バリュー・エンジニアリング協会による)です。
    価値(V)=機能(F)/コスト(C)の式で設計内容等を評価し、複数案を比較検討するツールとして活用されています。
    制約のある予算のなかで、機能とコストのバランスの取れた設計を行うことができるので、コスト・プランニングの手法でもあります。

  • 総合評価方式
  • 総合評価方式は、「価格だけの評価でなく、品質を高めるための新しい技術やノウハウ等の価格以外の要素を含めて評価する方式」です。
    「品質」には、工事目的物の品質だけでなく、工事の効率性・安全性・環境への配慮等の工事そのものの質も含まれます。
    入札額が予算の範囲内にあるもののうち、価格と品質を数値化した評価値の最も高いものを落札者とすることで、予算の範囲内で最も品質の良い施工業者を選定することができます。

  • TQC(トータル・クオリティ・コントロール)
    TQM(トータル・クオリティ・マネジメント)
  • TQCは、「統合的品質管理または全社的品質管理と呼ばれ、ある製品を企画・設計から製造・販売・アフターサービスまでの全プロセスにおいて総合的に品質管理を行うこと」です。
    建築の施工現場は、職種が多く作業工程が複雑なため、各工程における品質への取組みを総合的に改善していくTQCの手法が注目されました。現在は品質に顧客満足度の考え方を取入れ、コントロールよりマネジメントの考え方を重視したTQMに移行しています。

  • FM(ファシリティ・マネジメント)
  • ファシリティとは、土地・建物・付属設備・構築物・環境等の業務用不動産の総称です。
    FMは、「業務用不動産すべてを経営にとって最適な性能で保有し、運営し、維持するための総合的な管理手法」(日本FM推進協会による)と定義されています。
    建物を経営資源として有効に活用することが求められており、使用期間を通して最適な状態を維持するための継続的な活動を行う必要があります。

雑感

最近、我が国においても公共施設等の建設にPFI(プライベート・ファイナンス・イニシアティブ)が採用されています。建設だけでなく、維持管理・運営等まで含めて、民間の資金・経営能力・技術的能力を活用しようという新しい手法です。

PFIにも長所・短所があり、我が国で定着するか否かはわかりません。同一水準の公的サービスを提供するのに、従来の公共機関が実施する場合と民間が実施する場合のライフサイクル・コストを試算して、民間のVFMの方が大きい場合にPFIが適用されることになります。民間主導の公共事業といわれるPFIについては、後日詳細を記述したいと思います。

TQCの言葉は最近あまり使われなくなり、バブル崩壊(1990年代)以降TQMに取って代わられました。品質管理(QC)を総合的に取組むことに、なんら問題はないはずですが、現場での運用に支障があったのかもしれません。デミング賞を取るためのQCサークル活動等は本末転倒といえます。

国際化・高度情報化・少子高齢化・地球環境問題・経済情勢等、社会経済の動向に応じて、建築生産の環境も刻々と変化していきます。この章「建築とコスト」で、建築生産における最近の手法やツール等について、シリーズで取り上げていきたいと思います。


  (2009.9.1 記載)   
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