アイデアコンペのメイキング(7)

広島市との関わり

前回は特別審査委員会の活動等について記述しました。今回は中央公園を所管している広島市との関係について記述します。 但し、私の目から見たメイキングであることをお断りしておきます。

第7章 広島市との関わり

    ちらし2記事
    チラシ(提案者用)
  • 事前説明
  • ・アイデアコンペの実施に向けて、ある程度具体的な姿が見えてきた段階で、広島市の方に説明に行くことにしました。コンペの対象エリアにしている中央公園を管理しているのは広島市なので、無断で実施するのは礼を失することになります。もし理解してもらえれば、後援名義をいただけるかもしれないという淡い期待もありました。
    ・広島平和記念都市建設法の精神の具現化がコンペの大きなテーマなので、その法律を所管している都市計画課を窓口に打診したところ、話を聞いてもらえることになりました。2011年2月8日に都市計画課・公園整備課・旧市民球場跡地担当課の補佐クラス3人が対応されました。
    ・アイデアコンペの趣旨等を一通り説明し、趣旨には大いに賛同してもらいましたが、本当にできるかどうかは半信半疑というより、不審気でした。全く実績の無い友人4人が主催するコンペですから当然といえば当然です。協賛金が集まらなかったらどうするかという質問に対しては、自腹を切る覚悟を伝えました。
    ・コンペの内容に対しては、都市公園法の制約条件をつけなければ、後援は難しいこと、平和記念都市建設法の普及が目的のシンポジュームや展示会なら後援できるだろうというアドバイスを受けました。当日は相談に乗ってもらった感じで、結論めいた話は出ません。
    ・翌日、都市計画課補佐よりメールで回答がありました。「後援名義は出せない」ことと「実施するなら、条件を一切付けずに自由な提案を求める方がよいのではないか」というアドバイスです。コンペの趣旨は理解できるので、側面的な協力はしたいという個人的なメッセージもありました。
    ・市としては、実施できるかどうか分からないイベントに名義は貸せないし、旧市民球場跡地利用で紛糾している最中に球場跡地を含む中央公園のコンペに関わることは得策でないという判断が下されたものと推察します。正しいジャッジだと思います。
    ・広島市とは付かず離れずの関係を今後とも大事にすることにしました。       

  • 広島市からの要望
  • ・4月の市長選でM新市長が誕生しました。5月の広島県建築士事務所協会の懇親会で来賓あいさつをされ、「ひろしま」を世界に誇れるまちにしたいという抱負を述べられました。
    ・その言葉に私どもの会長がえらく共感し、私達の話(アイデアコンペの趣旨等)を聞いてもらえる機会を作ってほしいというお願いの手紙を5月末に市長の官舎宛に発送しました。
    ・それを受けてか、公園整備課の補佐より私の方に問合せの電話が何度かありました。恐らく市長より、どういうことをやっている連中か情報を集めるように指示があったものと想像します。
    ・市役所内部で検討された結果、補佐より呼び出しがあり、6月14日に会長と私の二人で公園整備課に出向きました。そこで公園整備課長よりアイデアコンペについて文書を受取りました。内容は以下のポイントです。
    ?コンペは大変意義深いと思うが、市としては自由な発想ではなく制約条件を明示して提案を求めるべきと考える。
    ?旧球場跡地は若者を中心とした「賑わいの場」の方向で市民等から幅広く意見を聞くことにしている。
    ?よって、アイデアコンペの結果を?に役立つように整理してもらえればありがたい。
    私たちとしては、市側がアイデアコンペを認知されたものと解釈しました。

    公開プレゼン
    公開プレゼン
    ・第1次審査も終え、第2次審査に当たる公開プレゼンの準備に追われている8月下旬に、今度は役所の広島市長宛に手紙を発送しました。9月10日の公開プレゼンに参加いただき、できれば一言コメントをいただけないかというお願いの手紙です。
    ・早速、秘書課より問合せがあり、出番は何時ごろ?他に招待している人は?市の担当窓口は?いつまでに回答すればいい?等に回答しました。事務方としては具体的な要望が書かれていないので、対応に苦慮されている風でした。
    ・結局、市長の都合が合わないということで出席できない旨の回答がありました。市長に手紙を出すことは会長の意向でしたが、市長に出席してもらいたいのなら、手紙ではなく、足を運んで、事務方を通して要望を挙げる方がスムースにいくのではないかと私は思います。
    余程興味が湧くものでない限り、市長の方から話を聞きたいから来てくれという反応はないものと思います。

  • 市担当者のイベントへの関わり
  • 公開討論会
    公開討論会
    ・9月10日の公開ヒアリングは、前述のとおり市長には断られましたが、公園整備課長と旧市民球場跡地担当課長は公開プレゼンに聴講に来られました。両課長にはメールで案内していましたが、恐らく市長の代わりに様子を見ておきたいと思われたものと推察します。公園整備課長は協賛金も支払われ、会場投票にも参加されたようです。アイデアコンペの成り行きにも関心を持たれたのでしょう。
    ・10月16日の公開討論会にも市長宛に案内を出しましたが、公園整備課の補佐が傍聴に来られました。補佐は事前説明の時にも同席され、市長の意向を受けて私の方に問合せをされ、公園整備課長との打合せや報告書の提出時にも同席されており、一貫して今回のコンペに関わりを持っていただきました。

  • 広島市へ報告書提出
  • ちらし1記事
    チラシ(投票者用)
    ・12月19日(月)(11:30〜12:00)に広島市に報告書を提出しました。役所の年末は予算内示等で多忙の中、貴重な時間を割いていただきました。場所は14階の応接室で、公園整備課長及び補佐、旧市民球場跡地担当課長の3名が対応されました。
    ・冒頭、市からはねぎらいの言葉がありました。会長から報告書の骨子を説明しましたが、それに対する質問等は控えられていました。一応、報告書の内容を聞き置くことに徹して、差しさわりのない雑談程度の話で終始しました。
    役所の担当者の対応としてはそれが限界であろうと思います。
    市長の時間が取れれば、挨拶だけでもと思いましたが、この時期ですから端から期待はしていません。報告書を市長に手渡していただくように念を押して別れました。

雑感

市長が交代すると方針がコロッと変わることがよくあります。旧市民球場跡地についても、前市長時代に方針が決まってその方向で動いていたのに、新市長になってその計画に待ったがかかりました。
今回のアイデアコンペも前市長時代に実施をスタートさせていたので、その時の計画が進むものと想定していました。その計画は成り立ちの経緯からみて、決して好ましいものではなく、私たちはその計画を凌駕するために、エリアを中央公園全体に広げ、しかも被爆100年後に目標を設定して、自由な発想のアイデアを求めることにしました。

市長が交代して、旧球場跡地は「若者を中心にしたにぎわいの場」にしたいというトップダウンの意向が発表されました。非常に唐突な感じを受けました。市の担当部局も戸惑いがあったものと思いますが、従わざるを得ません。再度、旧市民球場跡地委員会を設けて、各界の要望を聞きながら市長の意向に沿う形で計画案をまとめようとしています。

市長の交代は、我々のアイデアコンペにとっては追い風になったかもしれません。計画が白紙に戻されて、市民からのアイデアが新しい計画に活かされる可能性があるかもしれないという期待が生まれたからです。
しかし、私たちはコンペで入賞した優秀作品を市の方に要望として挙げる気持ちは持っていません。あくまでも参考資料として提示することを基本的なスタンスにしていました。

我々が提出した報告書はその目的を果たしているかもしれません。歴史の継承と平和の発信をおろそかにしてはいけないというアイデアコンペの結論が功を奏しているように思います。にぎわいの場を目標にするのではなく、結果としてにぎわいの場が創出されるという方向性が導き出されていくのではないでしょうか。

広島市との関係は今後とも付かず離れずがベストではないかと思います。後援してもらうために制約条件を付けられ、身動きが不自由になるのも好ましくありません。役所では出来ないようなことを私たちが補完できれば、理想的です。そのような組織を目指して地道に取組んでいきたいと思います。

次回は作品展示会について述べる予定です。   

*ちょっとコーヒーブレイク : 『二人の絆

  (2012.6.15 記載)
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