あらすじ
アルプスでのスキー、戦車に囲まれた草原でのレコーディング、パブの地下室でトラとの遭遇等々、リンゴの危機を他のメンバーの協力でクリアしていきます。が、最後にカイリ教徒に捕まり、いけにえの儀式が始まろうとする矢先にリンゴの指輪がはずれます。そしてエンディングへ。
各シーンが単発的で因果関係が薄いため、物語としての面白味に欠けるところがあります。脚本が十分に練れていないからでしょう。
挿入曲
- ヘルプ! 映画のイントロでカイリ教のいけにえの儀式が映し出され、指輪が無いことでご破算となる。ビートルズの「ヘルプ」の演奏シーンに移り、タイトル・配役等が流れる。
- 恋のアドバイス レコーディング・スタジオでの録音シーンに使われる。実際もこんなであろうレコーディング中のビートルズの姿を垣間見せてくれる。横顔に光線を当て、リラックスした演奏スタイルをアップで撮り、タバコの紫煙の漂いが大人のムードを醸し出す。なかなかの演出効果だ。
- 悲しみはぶっ飛ばせ アパートの部屋でソファにくつろぎながらの擬似演奏。カイリ教徒であるが、ビートルズの味方になる女性アーメ中佐にポールとジョージがちょっかいを出しているシーンを挿入。4人以外の男が陣取り、フルートを吹いている。ビートルが初めて外部のミュージシャンを起用した曲として知られる。
- 涙の乗車券 アルプスでスキーを興じているシーンのバックに流れている。というより音楽に雪上の映像を添えているといった方が正しい。途中、曲の音符が現れるが、邪魔な電線を5線に見立てたアイデア。
- アイ・ニード・ユー 遠巻きに戦車に守られた草原の中でレコーディングしているシーン。
- ザ・ナイト・ビフォア 前曲と同様に草原でのレコーディング・シーンに使われる。ロウアングルや接写等、カメラ・アングルが斬新である。
- アナザー・ガール バハマの海岸で演奏しているシーン。ジョンがドラムを叩いたり、リンゴがギターを抱えたり、ポールが女性をベースに仕立てたり、遊び心が満載である。
この映画の主題歌であり、頭のタイトルバックとエンディングのドタバタ・シーンに使われている。
この曲はイントロなしの「ヘルプ」のシャウトから始まるロックナンバー。世界的アイドルになって身動きの取れない不安定な精神状態を歌ったジョンの代表曲の一つである。どこに行っても閉鎖的な空間に閉じ込められていたので、「私を救い出してくれ!」と絶叫したくなる気持ちはよくわかる。「ヘルプ」は映画の主題歌として作った曲だが、結果としてジョンのターニングポイントとなる。
ジョンのリードボーカルにポールとジョージの掛け合いがグッド。歌詞の内容はたわいもない恋の駆け引きを歌っている。
内省的な歌詞やフォークロック調のメロディはボブ・ディランの影響を受けたとジョンは言う。周りの人は「ヘイ、恋心は胸のうちにしまっておけよ」と批判するが、「そんなことできっこない」。当時からジョンは自分の心情を正直に吐露していたのだ。
「僕の気持ちも知らないで、彼女は乗車券を買って去っていく」という失恋の歌。重い気持ちを重厚なサウンドに託しており、その後に流行ったヘビー・メタルのはしりではないかと言われる。
ジョージが恋人のパティ・ボイドに捧げたラブソングで、レコードに収録された2番目のオリジナル曲。まだ作曲の方は未熟である。ジョンとポールの才能に圧倒され、めげそうになることもあったであろうが、着実に力をつけていく。ジョージの出番を用意するところにビートルズのセンスの良さが現れている。
ポールの曲で軽快なポップス。「昨夜のように愛してくれ」と一日で豹変した女心に戸惑っている男の気持ちを歌っている。
ポールの曲で、「君より素敵な娘を見つけたから、あきらめた方がいい」と彼女に引導を渡す歌詞である。ポールはジョンと違って、自分の気持ちをストレートに表現するのではなく、オブラートに包んで第3者的な歌にするのが得意である。
お気に入りシーン
- スタジオでのレコーディング
- ポールが小さくなる リンゴの指輪をはずすため、一時的に体が小さくなる注射を打とうとして、誤ってポールに打ってしまう。カイリ教徒と科学者が襲ってくるなか、小さくなったポールは灰皿に身を隠す。効き目が消えて、元に戻ったポールが突然横に現れ、動転した科学者は退散する。奇抜なアイデアである。
- 氷の穴から水泳者が現る アルプスでのシーン。爆弾を仕掛けたカーリングの石が爆発してできた氷の穴から水泳者が顔を出し、「ドーバーの白壁はどこ?」と言って、また潜っていく。ビートルズのロード・マネージャーを勤めていたマル・エバンスの特別出演である。凍てつくような冷たさのなか、下着に近い姿での登場である。意表をつくおかしさはレスター好みか?最後のバハマの海岸にも現れて、すぐ泳ぎ去っていく。何の意味かわからない。そこが良いのであろう。
- 人食いトラが現る パブに逃げ込んだが、罠にはまったリンゴは床が落ちて階下に閉じ込められる。そこに動物園から逃げた人食いトラが現れて、危機が迫るが、ベートーベンの第9「歓喜のうた」を歌うとおとなしくなる。ガラスで仕切られていたので、リンゴに危険は無かったが、迫力満点の映像である。
- ビートルズの変装 ロンドンからバハマへ飛ぶ空港でビートルズの面々が変装している。自分たちの25年先を予想して変装したそうだが、ひげを蓄えた姿は数年後にお目見えする。この映画はビートルズの変貌を図らずも予見している。
レコーディング・シーン
小さくなったポール
氷の穴から水泳者
人食いトラ
変装
雑感
「ヘルプ」の撮影中、ビートルズはマリファナ漬けだったといいます。ハイになって笑い転げて、演技にならなかったことも多々あったようです。共演者もあきれ果てていました。プロの俳優からすれば、こんな相手と芝居などしておれないと思うのは当然です。
ビートルズとしては主演でありながら、演技力では見劣りするので、脇役に食われた感じを持ちます。また、自分たちのキャラクターを生かしきれないシナリオに不満があったようです。しかし、映画を見る限り、そんな風には見えません。場当たり的な演技ではありますが、十分楽しんでいるように見えます。監督レスターの力量かもしれません。
インド音楽との出会いも大きな転機となります。特に、ジョージはシタールに惹かれ、次のアルバム「ラバーソウル」に初めて取り入れます。音楽だけでなく、ヨガや瞑想等のインド思想にのめり込み、不安定な精神の浄化を試みます。当時の閉塞感からの脱却に大いに役に立ったようです。
映画「ヘルプ」はビートルズにとっては駄作だったようですが、次のステップの踏み台になりました。アイドル時代の最後の饗宴であり、アーチストを目指すきっかけとなった映画といえます。
今蘇ったDVD「ヘルプ」には付録が付いていて、監督や出演者等の映画関係者の思い出が語られ、ビートルズの裏話やエピソードが聞けます。新たなビートルズ研究の素材の一つになりそうです。ビートルズの世界は奥が深く、突き詰めれば人間探求に通じそうです。
(2008.6.1 記載)