ポールの「ザ・ファイアーマン」他

ポール・マッカートニーといえば、ビートルズの一員として活躍し、解散後は「ウイングス」を結成し、今なお現役のポップス界きってのソング・ライターとして知られています。
そのポールが、実に幅広い音楽活動を繰り広げています。今回は、その一端としてアバンギャルドの世界とクラシック音楽に挑戦したアルバムを紹介します。

アルバムの概要

  • スタンディング・ストーン
  • 1997年発表、ポールにとっては3作目となるクラシック作品、「命の起源とその意味」をテーマにした75分にも及ぶ交響詩

  • ラッシュ
  • 1998年発表、ポールの覆面プロジェクト「ザ・ファイアーマン」によるアバンギャルド的な第2弾のアルバム

  • リバプール・サウンド・コラージュ
  • 2000年発表、ビートルズのレコーディングの断片等をコラージュ風にポールが編集した実験的作品

  • エレクトリック・アーギュメンツ
  • 2008年発表、ザ・ファイアーマンとしてポールの顔と歌を初めて前面に出した第3弾のアルバム

ポールの概歴

    ・1942年、誕生
    ・1962年、ビートルズ、レコード・デビュー
    ・1969年、リンダと結婚
    ・1970年、ビートルズ解散、初ソロ・アルバム「マッカートニー」発表
    ・1971年、ウイングス結成
    ・1980年、ウイングス解散、ソロ・アルバム「マッカートニー?」発表
    ・1991年、初のクラシック・アルバム「リバプール・オラトリオ」発表
    ・1993年、ザ・ファイアーマン名義で「ストロベリーズ・オーシャンズ・シップス・フォレスト」発表
    ・1995年、クラシックのソロ・ピアノ曲「ア・リーフ」発表
    ・1997年、クラシック・交響詩「スタンディング・ストーン」発表
    ・1998年、リンダ死去、ザ・ファイアーマンの2枚目アルバム「ラッシュ」発表
    ・1999年、クラシック・アルバム「ワーキング・クラシカル」発表
    ・2000年、アルバム「リバプール・サウンド・コラージュ」発表
    ・2006年、クラシック・オラトリオ「ECCE COR MEUM」発表
    ・2008年、ザ・ファイアーマンの3枚目アルバム「エレクトリック・アーギュメンツ」発表

アルバムの内容

  • スタンディング・ストーン
  • スタンディング・ストーン 「スタンディング・ストーン」は、1997年のEMIレコード会社創立100周年記念用に依頼され、4年の歳月をかけて作曲した交響詩です。
    テーマは「地球」で、地球の誕生から人類の誕生、そして現在の繁栄へとつながり、以下の4楽章から構成されています。
    第1楽章:混沌の時代を過ぎて
    第2楽章:驚き目を覚ます男
    第3楽章:神秘的な色彩が溶け込み柔らかな地形線を形成
    第4楽章:ストリングスがかき鳴らされ、ホルンが吹かれ、ドラムスが叩かれる・・・

    ポールは電子ピアノで作曲し、音楽を自動的に楽譜にするソフトを用いてオーケストラ用の楽譜を作成し、最後はプロの協力を得てオーケストレーションを完成させました。
    1997年10月、ロイヤル・アルバート・ホールでのEMI100周年チャリティ・ガラ・コンサートで初演されました。

  • ラッシュ
  • ラッシュ ザ・ファイアーマンはポールとユースのプロジェクトで、1993年に最初のアルバム「ストロベリーズ・オーシャンズ・シップス・フォレスト」を発表しました。当時は全く実名が伏せられていたので、このアルバムについては何も知りません。
    アルバム「ラッシュ」は、宣伝用の帯に「ご存知ポール・マッカートニー別名プロジェクト、ザ・ファイアーマン第2弾アルバム登場!リンダ死後、ポール初のプロダクトとしての大注目作品!」と銘打ってあったので、つい触手が動きました。しかし、普段のポール作品とはかけ離れているため、1・2度聞いただけでお蔵入りしていました。
    このたび聞きなおしてみて、意外に思いました。実験的で分かりにくいと敬遠していたはずなのに、今回は素直に耳に入ってきました。根底に流れるメロディの繰り返しが実に心地よく響きます。また、ポールの最愛の妻リンダの声が効果的にフィーチャーされています。このアルバムはポールとリンダの作品ともいえます。

  • リバプール・サウンド・コラージュ
  • リバプール・サウンド・コラージュ 2000年4月から翌年3月までリバプールのギャラリーで、ピーター・ブレイクの美術展「アバウト・コラージュ」が開催されました。
    ピーター・ブレイクから依頼を受け、ポールがこの展覧会のために作ったサウンド・コラージュが会場で常時流され、その作品をアルバム「リバプール・サウンド・コラージュ」として発表しました。
    リバプールの街頭で収録した音や町の人の声、マージー川の音、ビートルズのアウトテイクの音源等を使ってコラージュの形にまとめたもので、以下の5部構成となっています。
    第1部:プラスティック・ビートル(ポール・マッカートニー、ザ・ビートルズ)
    第2部:ピーター・ブレイク2000(スーパー・ファーリー・アニマルズ、ザ・ビートルズ)
    第3部:リアル・ゴーン・タブ(ユース)
    第4部:メイド・アップ(ポール・マッカートニー、ザ・ビートルズ)
    第5部:フリー・ナウ(ポール・マッカートニー、ザ・ビートルズ、スーパー・ファーリー・アニマルズ)

    このアルバムはスーパー・ファーリー・アニマルズとユースが協力しています。スーパー・ファーリー・アニマルズはウェールズ出身の5人組のバンドということですが、詳細は知りません。ユースはザ・ファイアーマンのパートナーであり、ポールの友人です。
    ポールの言によれば、「スーパー・ファーリー・アニマルズのキアン・キアランにミックスを頼んで、最後の仕上げはユースの力を借りた」ということのようです。

  • エレクトリック・アーギュメンツ
  • エレクトリック・アーギュメンツ ザ・ファイアーマンのアルバムということで、購入を躊躇しましたが、これまでの作品と違って評判がいいことを知りました。
    聞いてみると、なるほど完全にポールの音楽です。後半にインストゥルメント主体の実験的な曲も収められていますが、全体としてはロックとクラッシクが融合したポール音楽の集大成の感じがします。
    すべての楽器を演奏し、ポール一人でプロデュースしたソロ・アルバムが過去に数枚ありますが、今回はユースとのコンビで制作しています。スタジオにおいてはユースの指示の下に、楽器を持ち替えて演奏したといいます。
    自信作であるが故に、ポールはマスコミにも積極的に宣伝し、コンサートでもこのアルバムから選曲して演奏しています。
    これまでいろいろなスタイルで作品を世に問うてきましたが、ザ・ファイアーマンはその一つとして、これからも意欲的な作品を我々に提供してくれるものと期待しています。

雑感

2007年6月にポールはアルバム「メモリー・オールモスト・フル」を発表しています。このアルバムを制作している時は、二人目の妻ヘザーと離婚問題で係争中でした。相当落ち込んでいた時期であり、その影響が色濃く滲み出ていました。

ビートルズ解散時、ウイングス解散時にそれぞれ初心に戻って、一人でプレイするアルバム「マッカートニー」と「マッカートニー?」を制作しています。「メモリー・・・」を録り終えて、ヘザーとの関係を清算し、再度スタートラインに立つためにアルバム「エレクトリック・アーギュメンツ」に取組んだのではないかと推察します。

1960年代はビートルズのメンバーとして一世を風靡し、70年代はウイングスをビートルズに比肩するグループにまで育て上げ、80年代はソロとして一流のプレイヤーと協演し、90年代に入ってクラシックやアバンギャルド分野まで活動の幅を広げていきます。愛妻リンダと死別後、立ち直ってヘザーと再婚しますが、破局を迎えます。

苦難と立ち向かう時、ポールは常に音楽が癒しとなり、闘う勇気を与えてくれるようです。音楽はポールにとって天性の才能です。67歳のポールがこれまでのキャリアを踏まえて、どこに進もうとするのかが注目されます。もしかすると、この「エレクトリック・アーギュメンツ」がその方向性を指し示しているのかもしれません。

ポールのクラシック作品は、まだ良く理解できていません。しかし、2006年に発表したオラトリオ「ECCE COR MEUM」は翌年のクラシカル・ブリット・アワードでベスト・アルバム賞を受賞しています。クラシックの世界でも高く評価されているのでしょう。ポールはクラシックやアバンギャルドの手法を用いながら、新しいロックの音楽を切り開いているような気がします。


  (2009.9.15 記載)
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